52話:記憶
私の前世。
私には兄弟がおらず、両親と3人暮らしだった。
両親は学校の教師で、母は小学校の先生。父は大学の先生だった。
教えている生徒の年齢が違うからか、母は私に優しく、父は私に厳しかった。
勉強はできて当たり前。少しでも成績が悪ければ父に怒鳴られた。
勉強は嫌いではなかった。それに、子供ながら両親に褒められたい一心で頑張った。母はよく褒めてくれる。でも父が学生の間に私を褒めたことはなかった。
「作家、だと……?」
大学卒業前、私は両親に将来のことを話した。
私は将来小説家になると。母は応援してくれたけど、父は当然反対した。
「バカなことを言うな!そんなものになっても成功する保証などない!」
「やってみないとわからない」
「やってダメだったらどうする!そんな不安要素がある職業など俺は許さない!俺たちと同じ教師か、収入が安定した大きな会社に入るんだ!」
父が言っていることはわからないでもない。確かに売れる小説家なんて一握りだった。でも、それでも私は小説家になりたかった。
父の言葉を無視し、私は大学を卒業すると同時に家を出て、それから約半年後に運のいいことに大きなコンテストで賞をもらった。
そこから、私は少しずつ有名になっていき、不安を抱かないでいいほどにお金も入ってきた。
そんな私に、父は手のひらを返したように私に笑いかける。
「さすが俺の娘だ」
その瞬間、私は父が汚いものに見えた。
あれだけ散々否定していたくせに、成功したらそんな態度を取るのか。
大方、職場でも今までのことがなかったように私のことを褒めているのだろう。
「気持ち悪い……」
それから、実家には母に会う目的で帰っていた。基本的に、父がいない日を狙って。
同棲はそれから数年後。25を迎えたぐらいから。
母には直接会って話し、父には母がきっと話してくれているだろう。
結婚しないのか、なんてことは帰るたびに言われた。
まぁ結果として私は、結婚する前に死んでしまったけど。
死んだ後どうなったかはわからない。
父は泣いただろうか。泣いたとして、心からの涙だっただろうか。
恋人はどうなったのか。まぁ当然捕まっただろう。
人のことはどうでもいい。心残りがあるとしたら、書きかけの小説。
幸せにできず、中途半端に置き去りにしてしまった、名もなき物語。
ごめんね、ちゃんと書き上げてあげられなくて。
ごめん、ごめんね……だから、私がちゃんと幸せにするから……
私、頑張るね……




