46話:消えた二輪の花(エレシア・グリーンライトside)
「兄上!」
知らせを聞いてすぐに、妻と共に王城へと足を運んだ。
本来であれば陛下と呼ぶべきだが、今の私にはそんな余裕はない。
「エレシア……」
「レーフ、トレーフルが攫われたというのは事実ですか!」
「エレシア落ち着け」
「これが落ち着いていられますか!レグルド、お前も娘が攫われたのになぜそんなに落ち着いている!」
「私もさっきまで荒れていたさ。だが、それで何か現状が変わるのか」
「それは……」
わかっている。どんなに私が喚いてもレーフが戻ってくるわけじゃない。
それでも、あの子が攫われて動揺しないはずがない。
パーティーに参加していた者たちは先ほど馬車でそれぞれ戻ったと聞く。アルも、共に来た妻と一緒に屋敷に戻した。
ここにいるのは兄である現国王と、レグルド、私、そして……
「申し訳ない。グリーンライト公爵、ガーデンハルク公爵……二人が私のパーティーに参加したばかりに、こんなことに……」
「殿下が悪いわけではありません」
「そうです。頭を上げてください」
私の甥にあたる、ルーヴィフィルド殿下。
昔はやんちゃでプライドが高く、トレーフルに対して劣等感があったが、ここ数年は随分と仲良くされ、並びにとても立派になられた。
「しかし、シルビアはともかく、あのレーフが連れ去られたのが意外です。あいつほどの実力なら、なんの問題もないはずです」
「そうですね。シルビアがいたとしても、あの子も魔法だけであれば、かなりの実力だ」
「となると……」
考えられるとしたら、魔法を封じられたということだ。しかも、今日はパーティーということで随分と着飾っている。魔法を封じられた時ようの武術もうまく発揮されなかったのだろう。
「それでも、レーフは加護持ちだ。力を使えば」
「いえ、あの子は頭がいい。加護のことは一部の者しか知らない。その場で使ってしまってはいけないと思ったのでしょう」
結果として、あの子は敵に捕まってしまった。
それにあの子のことだ、下手に動けばシルビア嬢に何かあるかもしれないと思ってもいただろう。
「兄上、二人が攫われる心当たりはありますか。国内外問わず」
「ふむ、そうだな」
「……可能性として高いのは、天使信仰かと」
「天使、信仰?」
「はい。噂程度ではありますが、そう明るい宗教ではないんです」
レグルドの話によれば、その天使信仰が崇める天使は全ての天使ではなく、ある一人の天使らしい。
その天使は、ある悪魔に魅入られ、死を愛した。その名は【死の天使、リネア】。
信仰者は天使に死を求めて、神官たちは天使に死を捧げる。そんな宗教らしい。とても不快な者だ。
その宗教が、数年前からその天使をどうにかして地上に降臨させようとしているらしい。
「私も、彼らが今何を行なっているのかわからないですが、こういう降臨というものは古い書物にはだいたい、《生贄》や《器》、《依り代》というものが出てきます」
「まさか」
「あくまでも可能性です。まだその宗教の仕業かもわかりませんが、もしそうであれば、二人は天使降臨の生贄か、器、依り代にされるかもしれないです」
つまり、可能性の一つに、その訳のわからない宗教の道具にされるということか。私の大事な娘が……
「陛下、お話中申し訳ありません」
扉が軽くノックされ、開かれた扉からクロヴィスが部屋に入ってきた。
騎士団は確か周辺の捜索をしていたはずだ。何か進展があったのか?
「何があった」
「は。使用人に聞いたところ、数時間前に馬車が一台、城を出たそうです」
「馬車?」
「商人の馬車です。その後、馬車は東に進み、【黒紫の森】で乗り捨てられてられていたようです。現在は森の中を捜索しております」
黒紫の森……危険な魔獣が多くいる場所だ。その魔獣たちの食事は、森に根ずいている危険な薬草たち。それらを食べ、耐性をつけて生き残り、そして自身でも狩るための強力な状態異常の物質を作るという。
研究のために随分昔に調査隊が派遣されたが、生き残ったのは2割ほどだと聞く。
「わかった。危険な森だ、くれぐれも気をつけろ」
「は!」
クロヴィスが去った後、私は頭を抱えた。
妻も言っていた、何かと問題を起こすと……でも今まで、こんなにも大きな事件に巻き込まれたことなんてなかった。
「大丈夫です、グリーンライト公爵」
私のことを心配してくれたのか、殿下が手を握ってくださった。
幼い手。だというのに、なんとも逞しく感じてしまう。
「あいつなら大丈夫です。きっと、けろっとした顔で帰ってきます。だって、あいつのおかげで今の私があるのだから」
殿下と、あの子の間で何があったのかは知らない。でも、こんなにも誇らしげで、不安のない表情を見ると、不思議と安心する。
そうだ、私が不安に思ってはいけない。信じなくては。
「ありがとうございます、殿下」
レーフ……どうか、無事でいてくれ。




