32話:レインボーバラフライ2
森の中は薄暗い。
空からは明るい満月の光が差し込んでいるけど、木々が密集していてほとんど光が入ってこない。
それに音もほとんどない。ほぼ静寂。そんな中で僅かに聞こえる動物のうめき声が恐怖心を煽る。
流石に、これは大人でも怖い。
子供のラルエリナはそれ以上に怖いだろう。
「さて……」
「シンジュウサマダー」
「シンジュウサマノニオイダー」
ちょうど精霊を探そうと思っていたけど、探すまでもなく私の周りにたくさん集まって来た。
僅かに体が光ってるから、私の周りだけ妙に明るくなっている。
「ニンゲンサンナニシテルノー?」
「私と同じ人間を探してるの。小さな女の子知らない?」
「シッテルー」
「モリノオクイルヨー」
「ミンナデアンナイシヨー」
周りにいるたくさんの精霊が「おー」と声を合わせ、私をその子の場所に案内してくれた。
やっぱり、誰かがいるというのは安心する。さっきは怖いと思っていた森も、たくさんの精霊に囲まれているおかげで全然怖くない。
どれだけ歩いただろうか。しばらくすると精霊たちが「イタヨー」「アソコー」と指を指してくれた。
そちらに視線を向けると、木の陰でうずくまってる人の姿が見えた。
ゆっくりと近づいていけば、徐々にその姿ははっきりして来て、探していた子だとわかった。
精霊たちに「ありがとう」と小声で挨拶をして、ゆっくりとラルエリナに近づいた。
恐怖で体を縮め、ブルブルと震えている。随分と怯えているみたいだった。
「ラルエリナ嬢」
「っ!え……」
勢いよく振り返った彼女は、私とバッチリ目があった。瞳が涙で濡れており、さっきまで泣いていたのがすぐにわかった。
「どうして……トレーフル様が……」
「みんな探してますよ。戻りましょう」
「嫌です!!私は戻りません。戻るわけには行きません!」
相手が私だから嫌だっていうのもあるだろうけど、もともと彼女がここに来ている理由は明白だった。
「では、レインボーバラフライを見る、または捕まえれば満足?」
「っ!どうして貴女が!?」
「わかりますよ。満月の夜にここに来てるんですから。それに、アルが見たいって言ってたから……」
「だったら、私に構わないでください」
「……さっきまで泣いていたのに?」
「っ!泣いてなど……!」
また彼女が私に怒鳴ろうとした瞬間、私は大きく彼女の頬を叩いた。
落ち着かせるためというのもあったけど、彼女はわかってないのだ。自分が何をしたのか。
「貴女が私にどうしてそんなに敵意を向けているのかはわかってる。でもね、貴女がいまやってるわがままは、多くの人を心配させてるの!」
どうして自分が叩かれたのかわからず、唖然としている彼女の両肩を強く掴んだ。
「私にだけ迷惑をかけるのならいい。でも、家族を、アルを心配させるような行動はとらないで!貴女は、たくさんの人に愛されてるの。それをちゃんと理解して!」
「……だって……だって……」
ぐずぐずに泣き出した彼女は、年相応に大きな声で泣き始める。
私は優しく彼女を抱きしめた。
わんわんとなく彼女は、相手が私でも構わないのか、縋るように、私の服を汚しながら泣いた。
私は、彼女が泣き止むまでずっと抱きしめていた。
「落ち着いた?」
「グスッ……はぃ……ぐすっ」
しばらくすれば彼女も泣き止み、でもやっぱり私にすがったのが不服なのか、不服そうな表情を浮かべていた。
「よし、それじゃ行こうか」
「帰り道、分かるんですか?」
「え、帰らないよ?」
「え?」
「せっかくここまで来たんだもん。私もレインボーバタフライ見たい!」
アルがあれだけ見たいと言っていた生き物。しかもレインボーな蝶っていかにもファンタジーって感じがして見てみたい。
「し、しかし……」
「大丈夫。言い訳はしっかり考えてるから、少し遅くなっても平気だよ。ほら、行こう」
私は、彼女の手を取り歩き出す。
最初はちょっと無理やりというか、引っ張るような形だったけど、しばらくすれば、ラルエリナは私の隣に来て一緒に歩き始めた。
薄暗い森の中だけど、私には明るく見えていた。
というのも、話を聞いていた精霊さんがその場所まで案内してくれているからだ。
「あ、あのトレーフル様」
「ん、どした?」
「なんだか変ではないですか?」
「さっきまで薄暗かったのに、急に周りが明るくなって……それに何か声が聞こえます」
あぁそっか。今手を繋いでるから視覚共有でラルエリナ嬢も精霊が認識できるようになってるのか。
精霊たちはまるでかくれんぼするように、私たちの近くに入らないようにしていた。そのため、姿は見えないのにあたりが明るくなり、彼らのクスクスと楽しそうな笑い声が聞こえているという状況になっている。
私はわかっているけど、何もわからない彼女は魔物のせいだろうかとひどく怯えている。
どうしたものか。ここで精霊が視えるから、なんて言っても信じないだろうな。
まぁとりあえずこの場は黙っておこう。
「……あの、両親は心配してましたか?」
「……うん。顔面蒼白って感じでね」
「お兄様、も……ですか?」
「……うん。泣き出しそうな顔でね。あんなハーヴェ、初めて見たよ」
普段ニコニコで、私に笑いかけたり、たまに拗ねたような表情をしたり、私に好意を向けるハーヴェだけど、やっぱり彼も私と同じで兄妹が大事なんだなと思った。
「ラルエリナ嬢は私が嫌い?」
「……嫌いです」
「あはは、素直だね。それは、アルとハーヴェを取ったから?」
「……はい」
「だったら、私もラルエリナ嬢嫌いだな。私からアルを取ったから」
「そんなことありません……アルヴィルス様はいつだって貴女の話をされています。私なんか……」
ちらりと横を見れば、彼女はどこか寂しそうな表情を浮かべていた。
きっと、アルは彼女がこんなことを思ってるなんて知らないだろう。同時に、アルがどう思っているのか、ラルエリナ嬢は知らない。
「ラルエリナ嬢はアルのこと好き?」
「もちろんです。婚約者なのですから」
「そうじゃなく、そういうの無しでも好きかって話」
「……はい。一目惚れなんて、小説の中の出来事だと思ってました」
ほぉ、一目惚れときましたか。
二人が初めて顔を合わせた時、私はその場にいなかったけど、まさかそんなことが起きていたとは。ゲームだったらいいスチルだっただろうなぁ。
「でも、私がどんなに想っても、それが伝わることはありません」
「んー、第三者から言わせてもらえば、伝わってると思うけどな」
「それはトレーフル様だからです。弟が可愛いから、そう見えてるだけです」
想ったよりこじらせてるなぁ……まぁそれに追い打ちをかけるような出来事が、お茶会でのことなのかもしれない。
ルヴィーやハーヴェは顔もいいし家柄もいい。だから、婚約者がいない方が都合がいいという令嬢が多くいる。
そして、同時に自分が欲してやまない立場にいるラルエリナを苛めることで自分の方が上だと思いたかったのだろう。
婚約者に愛されていないから一人で来ている
家同士が決めた結婚だから本命のところに行ってる
傲慢だから嫌われている
などなど。あくまでもラルエリナに対しての言葉だろうけど、聴き方を変えればアルが女癖悪いみたいに言われて腹がたつ。
私も、できることなら二人一緒に参加させたい。でも、それはどうしても叶わないことだ。これは、ラルエリナを守るためでもあるのだから。
「ツイタヨー」
「ココダヨー」
「っ!今声が!?子供の声が聞こえました」
彼女をフォローするために言葉を言いかけた時、精霊たちが目的の場所についたことを教えてくれた。
その声にラルエリナ嬢は驚き、私にしがみついて辺りをキョロキョロし始める。
「大丈夫大丈夫。ほら、目的の場所に着いたよ」
私が指差す方を、少し怯えながら彼女は見つめる。そして、大きな瞳をより大きく開かせた。
薄暗い森を抜けた先には、広く開けた、色とりどりの美しい花畑があった。
満月の光に照らされたその花畑を、月の光に負けないぐらい美しく舞う蝶の姿が、何十匹とあった。
「あれが、レインボーバタフライ……」




