30話:満月の日6
「ガハハ!いやはや今日はいい稽古ができた」
あっという間に時間は夜。夕食の席になった。
あの後、へーリオス様から褒められたり、足りない部分を言われた。もっと色々聴きたかったが、騒ぎを聞きつけたハーヴェが慌てて止めに入り、とりあえずその場はお開きになり、お風呂に入ったり、新しい服に着替えた。
もちろん改めて稽古をつけてもらったけど、その前に散々夫人に着せ替え人形にされてしまった……若干トラウマになるレベルで。
「まったく、お爺様は限度という物を覚えたほうがいいです。レーフは女の子なんですよ」
「剣や武術を習いたいものに男も女も関係ない。現に今、騎士になる女性は多いのだろう、シルヴァ」
「えぇ、トレーフル様が剣術を習い始めたのをきっかけに」
「それに、トレーフル嬢は将来良い魔法剣士になるだろうな」
稽古の後も言われたけど、剣王にそう言ってもらえるのは嬉しい。
帰ったらアルやシルビアに話さないと。後、ルヴィーには自慢かな。
「剣術や武術はまだまだ未熟だが、魔法は一級だ。それらの技術が高くなれば、実力的にはお前やクロヴィスに匹敵するだろう」
「お爺様がそれほど申し上げるなんて」
「ありがとうございます、へーリオス様。機会があれば、また稽古のほどおつけください。その時は弟にも是非お願いします」
「あぁいいぞ。二人まとめて相手をしよう。なんなら、ハーヴェやルーヴィフィルド殿下も一緒に四人でも構わんぞ」
「父上……」
「それもまた、連携の訓練になって良いかもしれませんね」
ちなみに、ジルクも剣の稽古をつけてもらっていたけど、私の時とはまったく違っていて……なんというか、地獄のスパルタ特訓という感じだった。
遠くから、「頑張れジルク!」と応援していた。
「早朝も訓練されるのですよね。是非参加させてください」
「……ねぇレーフ。せっかくうちにいるのに、お爺様ばかりじゃなくて、僕とも一緒にいてくれないかい?」
「え、ハーヴェも参加する?」
「……そうじゃなくて」
私の手を握りながらそんなことを言うからてっきり早朝練習に参加したいのかと思ったら、どうやら違うらしい。
拗ねた顔をするハーヴェは、上目遣いで私を見つめる。
「ハーヴェは幼い頃のクロヴィスに似ておるな」
「クロヴィス様ですか?」
「あぁ。あやつも、婚約者を溺愛しておったからのう。甘い言葉など、当たり前のように吐いておった」
クロヴィス様。この方はハーヴェの叔父に当たる人で、つまりはジルクのお父上。
幼い頃から、その顔立ちと甘い言葉、紳士的な態度に多くの令嬢が虜になっていた。
剣士としての実力はもちろんあり、そして何より有名なのが人目もはばからず、妻へ愛を振りまく。よくいえば、愛妻家だ。
カルシスト現当主であるシルヴァ様も愛妻家ではあるが、彼はクールな感じで、クロヴィス様のように愛していることを口にはしない。不器用な性格だそうだ。
「やめろと言ったのだがあやつ……」
『言葉にしなければ、私の中にたまり続けてはちきれそうなのです!』
「と言うのだ。まったく、カーミラ嬢には当時、迷惑をかけたものだ」
あれやこれや言うものの、夫婦が仲のいいのはいいことだ。
……結婚。
前世ではできなかったことだ。当時は仕事が忙しくてまだ先のことだと思ったけど、結果として恋人に裏切られて殺された。
結婚しなくてよかったと思うけど、あれは人によってはトラウマになるレベルだ。
私は、今の大人たちのように、彼と幸せな生活を送ることができるのだろうか?
ちらりと隣に座るハーヴェを見れば、彼も私の方を見ていたらしく、バッチリと目が合ってしまった。
「どうしたのレーフ」
「ううん、なんでもない」
「そういえば、ラルエリナはまだきていないのか?」
家族団欒の楽しい会話ではあったが、ここにはラルエリナ嬢だけがいなかった。
今使用人が呼びに言ってるそうで、私たちは彼女がくるのを待っている。
なんでも、今日は朝からずっと部屋にこもってるそうだ。
もしかしたら、私と顔を合わせたくないのかもしれない。きっと、食卓じゃなくて夕食は自室でとるのかもしれない。
「た、大変です!!」
扉が勢いよく開くと、メイドが一人、息を荒げて入ってきた。
朝、私たちを部屋と訓練場に連れて行ってくれたメイドさんだ。
「何事だ」
「ラ、ラルエリナお嬢様がどこにもいらっしゃらないのです!!」




