29話:満月の日5
ふむ。なんとも肉弾戦が強そうな体のつくりをしている。
まだまだ現役でやれるのではないかと思うほどに鍛え抜かれた体だ。
「へーリオス様!ご令嬢の前でそのような格好!」
「私は気にしませんので、大丈夫です」
「ん?おぉー、ジルクニウスではないか!」
「お、お久しぶりでございます。お爺様」
「元気にしておったか!」
ガハハと笑いながら、緊張で背筋がピンとなっているジルクの背中を勢いよく叩くへーリオス様。
ジルクは苦笑いを浮かべ、わずかに額に汗を滲ませ、足はプルプル震えてるが必死に踏ん張ってる。その様子から、相当強い力で叩かれているみたいだ。
へーリオス様は全く気づいてないが。
「トレーフル様のお願いではあるが、せっかくだ。お前にも剣の稽古をつけてやろう」
「え、えっと自分は」
「それはいいお考えです。彼は私の剣の師でもありますので、強くなってもらえると助かります」
「ほぉ、そうなのか。しかし、役不足ではないか?」
私が許可を出した上に、祖父から直接役不足宣言をされて落ち込むジルク。
まぁ否定はできないけど、私自身役不足とは思ってない。
「そんなことありません。お恥ずかしいですが、純粋な剣術では、まだ私は彼に勝てません。それに、彼は立派な騎士で私の大事な護衛騎士ですから」
「……ふむそうか。まぁ、そんなご主人様から剣の稽古をする許可が降りたからな、一緒に鍛えてやろう」
「お、お手柔らかに……」
「さて、トレーフル様」
「様付けはしなくてよろしいですよ。将来的には、私は孫の嫁になるですから」
「ふむ、ではトレーフル嬢。早速だが、一戦やろうではないか」
「今からですか!?」
光栄なことではあるが、服はドレスで動きにくい。武器だって何もない。試合なんて全然できるわけがない。
そのことを伝えれば、にっこりと浮かべていたへーリオス様の表情が一変した。その姿は、戦場に立つ、国のために人を殺めることを厭わない。そんな怖い顔だった。
「トレーフル嬢。命というのは「今から殺します」と言われて奪われるものではない。いつ、どのタイミングでやってくるかわからない」
体に緊張が走る。ジルクが彼に緊張するのがわかる。この人は多くの戦場に立っていた。その中で人を殺めた数は数えきれない。そして、奪うということは奪われるということでもある。
剣……戦いにおいて、彼ほど言葉に重みが含まれる者はいない。
「貴女は、死んだこと、怪我をしたことに対して、服装や武器の有無、魔法が使えなかったからと言い訳をするのか?」
「……いいえ。へーリオス様のお言葉はごもっともです。未熟な私をお許しください」
私は敬意を示すために、彼に頭を下げる。
カルシスト家のメイドは私が頭を下げたことに慌てていたけど、アニーとジルクはさすがというように、どこか祠すげに笑みを浮かべていた。
「うむ。しっかりと志があるようだな。普通の者であれば萎縮するが、幼いながらしっかりと芯がある。将来、良き人物になるだろう」
「光栄です」
「では、早速始めよう。服装はもちろんだが、武器もない。さて、貴女はどうする」
「そうですね……武器がなければ作ればいいだけです!」
私はそのまま、へーリオス様に走り込む。
あぁスカート走りにくい。でも、彼のいう通り、襲われたときにズボンでいる可能性の方が低い。今後は訓練での服装も見直さないとだな。
走りながら、私は魔法を発動し、手に魔法で作った氷の剣を握った。
当たり前だが、私の剣をへーリオス様は軽々と受け止めた。
「はは、いきなり突っ込んでくるか」
「あら、本当に命を狙う時、狙われるときはヨーイドンなんてないですよね」
「あぁ、その通りだ!」
「グッ!」
当たり前だけど力で勝てるはずもなく、剣を振り上げると同時に私の氷の剣が砕け散った。
でも、これは本物の剣じゃない。砕けたならまた作り直せばいい。
手にしていたものと砕けて宙を舞う氷を水に戻し、再度剣に生成し直してもう一度切り込む。
(ふむ、魔法の生成が早い。それにタイミングも悪くない。魔法だけでいえば国でも上位の実力者だ。だが、剣術はまだまだだな)
生成しても、生成しても、剣はくだける。
単純に力だけじゃない、高い技術で的確に砕いてきている。
何よりへーリオス様、その場から片足を動かすだけで全く動いてない。
(さすが剣王だ。確かに純粋な剣術なら勝てるはずもない。でも、剣術だけじゃなければ、私だってそれなりに戦える)
また剣が砕かれるタイミングで準備は整った。
手にしていたものを投げ捨て、私は天に手をかざした。
「氷剣雨!」
天に展開された何百もの氷の剣。それを、へーリオス様めがけて振り落とした。
昔だったら、これだけの物を作ったら前みたいに暴走していただろう。だけど、稽古のおかげで、これぐらいなら扱えるようになった。
「お見事」
でもやっぱり、へーリオス様には効かなくて半分ほどが砕け、半分ほどが突き刺さった。
わかっていたから、私は刺さった剣を握って攻撃する。
砕かれれば、またそばにあった剣を握って振り下ろす。
そしてまた砕かれれば、少しだけトリッキーな動きをしながらまた振り下ろす。
そうやって、畳み掛けるように何度もへーリオス様に攻撃をした。
だけど、やっぱり敵うはずもなくて……
「参りました」
辺りには砕け散った氷の破片。
尻餅をついて両手をあげる私の前には、余裕の笑みを浮かべて剣を突きつけるへーリオス様の姿があった。




