28話:満月の日4
翌日。
朝食を済ませ、準備をしたらそのまま馬車に乗り込んでカルシスト家へと向かった。
大勢で押しかけるのもいけないので、同行するのはアニーとジルクだけ。
ジルクは久しぶりの本家であり、へーリオス様と会うのも久しぶりということで、かなり緊張していた。
馬車を走らせて数十分。何事もなく、私たちはカルシスト家へと到着した。
「カルシスト公爵、カルシスト夫人、お出迎えありがとうございます。今日明日とお世話になります」
「あぁゆっくりして行ってくれ。とはいえ、私は仕事があるから何もしてやれないが」
「自分の家だと思ってゆっくりしていってね」
「はい」
「ジルクも、トレーフル様の護衛とはいえ久しぶりの本家だ。ゆっくりしていきなさい」
「はい。お気遣い、感謝いたします」
そういえば、出迎えはカルシスト夫妻のみで、意外にもハーヴェの姿がなかった。絶対に出迎えると思ったけど。
「ハーヴェは今、ちょうど勉強中だ。出迎えると言っていたが、やることを先に全て済ませ、残り時間をトレーフル様と過ごしたいと言っていた」
「ふふっ、ハーヴェは本当にトレーフル様のことが大好きで」
「恐縮です。では先に、へーリオス様にご挨拶をしてもよろしいでしょうか」
「あぁ。父上は今の時間なら訓練場だろう。侍女に部屋まで案内させた後に、そのまま訓練所に連れて行ってもらうといい」
夫妻の後ろに待機していたメイドに指示を出し、私は彼女に今日泊まる部屋に案内してもらった。
一人一部屋で、私の左隣がジルクで、右隣がアニーの部屋になっている。
「挨拶だけだし……このままでいいかな」
一応訓練用の動きやすい服はあるけど、挨拶だけならわざわざ着替えなくていいだろうと思い、そのままの格好でへーリオス様に挨拶に行くことにした。
婚約したとはいえ、カルシスト家を尋ねたのは今日が初めてだった。尋ねる理由も特にないし、ハーヴェみたいに会いたいからとわざわざ来ることもない。
そう考えてしまう私は、少し冷めているのかもしれない。
「あの、ラルエリナ嬢はいらっしゃらないのですか?」
「……お嬢様は昨日から部屋に籠もられております」
「まぁ、そうなのですね」
思ったよりもショックを受けちゃったのかな……やっぱり、言い過ぎたのかな……?あとで謝りに行った方がいいのかな?でも両親は何も言ってこなかったし、うちでのことは話さなかったのかな?
「先日は、お嬢様が失礼いたしました」
「え……あぁ、昨日一緒に来ていたメイドさんでしたか」
なーんか見覚えがあるとは思ってました。別に忘れてたわけじゃないですよ。
深々と頭を下げるメイドさん。そんなに謝らなくても、彼女の行動の理由はわかっているから。
「気にしないでください。仕方がないことですから」
「お嬢様は、とてもお優しい方なのです。しかし……」
「わかってます。だから、そんなに頭を下げないでください。あなたが何かしたわけではないのですから」
私がにっこりと笑みを浮かべれば、彼女は涙を浮かべながら「寛大なご慈悲をありがとうございます」なんていうのよ?別に大したことじゃないのに。
「こちらになります」
そのまま案内された訓練場。そこには、一人の上半身裸の男性が一人いるだけで、他に騎士の姿はなかった。
側にいるジルクがひどく緊張している。ということは、あの人が剣王へーリオス・カルシスト様。
「へーリオス様、トレーフル様がお見えです」
「ん?」
「ご無沙汰しております、へーリオス様。グリーンライト家長女、トレーフル・グリーンライトでございます。本日は、私のわがままを聞いてくださり、ありがとうございます。」
「おぉー、エレシアの娘か。よくぞ参った。顔をあげよ」
「はい」
ちなみに、エレシアというのは父の名である。
エレシア・グリーンライト。旧姓、エレシア・サージェント。王族ではあるものの、へーリオス様からしたら、父も幼い子供と同じなのかもしれないな。意外とフランクな感じだったし。
へーリオス様に言われ、下げていた頭をゆっくりとあげた。
しっかりとした筋肉。年相応のヒゲの生えた顔。
そこにいたのは、マッチョなイケオジだった。




