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26話:満月の日2

それはカルシスト家に訪問する前日だった。

どうせ明日会えるというのに。なぜか今目の前には将来義妹になるラルエリナの姿がある。

手紙も出さずに突然の訪問はマナー違反だが、まぁ相手はまだ幼い子供だから誰も咎めなかった。


「それで、どういった用事なのかしら、ラルエリナ嬢。明日お屋敷で会えるというのに、前日に我が家に来るなんて」

「申し訳ありません。明日は、お爺様やお兄様がトレーフル様のお側にいると思うので、突然のご訪問になってしまいました」

「……なるほど。今日はちょうど両親もアルもいない。なるべく人に知られたくないことということですね」


お互いににっこりと笑みを浮かべる。そばにいるメイドたちは笑っているのに、すでにお互いの腹の探り合いをしている幼い主人に冷や汗を流していた。


「ところで、トレーフル様はご存知ですか?お兄様、パーティーなどで大人気なんですよ」

「……まぁあの容姿であの口調ですからね。そうでしょう」

「えぇ、それはもう数多の女性がお兄様に言い寄ってますのよ。婚約者がいるにも関わらず」

「……何が言いたいのですか、ラルエリナ嬢」


どこか嘲笑うように小さく笑い、口元を手で隠す仕草。

まぁ何が言いたいかなんとなくわかるな。


「いえ、王弟の娘でありながらパーティーに参加せず、しかも婚約者を一人にするなど、他の人に取られても文句はないのでは、と思いまして」


なんという古典的な嫌味なんだか。大体、それをいうならアルだってパーティーに参加してないでしょ。

まぁ、加護のことが知られないように、カルシスト家で知ってるのはカルシスト夫妻と先代であるへーリオス様。そして、婚約者のハーヴェ。唯一彼女だけが事情を知らない。

彼女は頻繁にお茶会に参加している上にまだ幼い。自分の婚約者を自慢したくて仕方ないだろう。その中で、アルのことがバレては大変だ。バレて悪い連中に目をつけられて、人質になるのはまぁ、きっと彼女だろうからね。彼女を守るためにも、黙ってるってところだ。


「そうね。でも、私は成人を迎えるまでは公共の場には出ないように言われてるの。お聞きになられていませんか?私とアルとシルビアは、王命を下されているのです」


何か問題を起こしたというわけではない。それなりに最もらしいことが、噂で流れてる。

シルビアは次期王妃。私とアルは王位継承権はないにしろ、王族の血を引いている。

そのため、成人を迎えるまでは守る必要があると言われている。


「なので、参加したくてもできないの。王命に背くわけにはいかないでしょ?」

「……あなたたちのことなんてどうでもいいのよ……アルヴィルス様まで……」


俯き、自身のドレスの裾をぎゅっと握りながら、彼女は俯きながら小声でつぶやく。まぁ私の耳には届いていたけど。


「……あぁそういえば、シルビア様もそうですね。殿下も、パーティーにはよく参加されていますし」


顔を上げた彼女はまた笑っていた。あぁ矛先がシルビアに向いてしまった。

申し訳ないな。


「殿下もパーティーなどで人気ですよ。お兄様同様、たくさんの女性に言い寄られていますの」


次期国王になるのだから、貴族との交流は必要。パーティーに出るのは当たり前よ。それに、最近のルヴィーはハーヴェほどではないけど、不器用ながら一途にシルビアを想ってる。


「まぁそうですよね。あんな噂のある令嬢ですもの。そんな令嬢よりも自分の方が王妃にふさわしいと思う女性がいるのは当然ですよね」

「……はぁ……ラルエリナ嬢、気は済みましたか?」

「っ!」


カップを置き、まっすぐ彼女を見据える。

なぜか動揺してるけど、流石にこれ以上は彼女の将来のために諌めなくてはいけない。


「私のことは何と言っても構いません。大方、ハーヴェンク様やアルヴィルスが自分ではなく私のことを話をしたり、優先するから嫉妬しているのでしょう」

「そんなことっ!」

「しかし、貴女は今、私の大事な親友を貶める発言をした。彼女は将来王妃になるために必死に勉強していますし、例えパーティーに参加しなくても、あの二人は頻繁に会っています」


政略結婚だとしても、あの二人はすでに恋愛結婚をしてるにも等しいほどに、お互いに想いあってる。ルヴィーがシルビア以外の女性に目移りすることなんてありえない。私の目もあるしね。


「発言が幼稚すぎよ。そんな言い方では、パーティーでも孤立しますよ」

「っ!知ったようなことを言わないでください!貴女に何がわかるというのですか!」


勢いよく立ち上がった彼女は今にも泣き出しそうな顔で、私のことを見下ろす。


「お兄様も殿下も、婚約者がいないのになぜ平気なのですか……私は散々周りに、言われて……私だって、好きで一人で来てるわけじゃないのに……」


ぎゅっと、服にシワができそうなほど強く握りしめ、そのまま彼女は部屋を出て行った。

同伴していたメイドも慌てて彼女の後を追って行った。

私も、そばにいるメイドも、誰も一言も喋らない。

しばらくすれば、遠く、馬車が屋敷から離れていく音が聞こえた。


「帰られたみたいね。悪いけど、片付けて頂戴」

「かしこまりました」

「アニー、私は図書館にいくわ。適当にで構わないから、残ったものを部屋に置いておいて。勉強しながら食べるから」

「かしこまりました」


メイドたちに片付けを任せて、私は部屋を出た。

無感情で長い廊下を歩くけど、頭に泣き出しそうなラルエリナの姿がこびりついて離れない。


「少し言いすぎたかな……」


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