23話:訓練1
訓練を始めてどれだけ経ったかわからない。
そう感じるぐらいには剣を振ってる気がする。
額から汗が流れて、息が上がって、もうなんていうか持久走後の息苦しさみたいなそんな感じ。
「お嬢様、そろそろ休憩しましょう」
「いーやーだ!もう一本」
「そう言われましても、もうずっと剣を振っていますよ。倒れたら元も子もありません」
「だって!ジルクから一本も取れないの悔しい!!」
剣の稽古を始めて2年も経つのに、やっぱりまだジルクに勝てない。
もちろん経験の差もあるし、身長も違うから仕方がないといえば仕方ないけど、それを言い訳にしたくない。
言い訳にしたくないからこそ、負け続けるのがとてつもなく悔しい。
「そんなことないですよ。前に魔法もありでやった時、10本中半分取れたじゃありませんか」
「私は魔法なしで勝ちたいの!それじゃ、魔法がないと弱いみたいじゃん!」
悔しい。2年も頑張ってるのに全く上達してるように感じない。
ルヴィーは教えてもらってる人から勝ち越しはできないものの2本、3本は取れてるっていう。私も早く、ジルクから1本は当たり前に取りたい。
「焦る気持ちはわかりますが、倒れてしまったらもう剣術は習えませんよ。お忘れですか、旦那様との約束」
「……わかった」
「十分に休憩取れましたら、またやりましょう。大丈夫です。お嬢様はちゃんと強くなってます」
主従関係にも関わらず、ジルクは私の頭を撫でる。普通ならあり得ないけど、私はそれを良しとしてる。堅苦しい上下関係はあまり好きじゃない。
「イグニス卿。そのような行為はあまり良くないと思いますが」
「うわ!ハーヴェンク様!いつの間に!」
離れた場所で、アニーと一緒に見学していたはずのハーヴェがすぐそばまできていた。
あれ、笑顔だけど怒ってる。なぜ?
「幼いとはいえ、相手は貴方の主人であり、爵位も上。そんな相手の頭を撫でるのは褒められる行為ではないですよ」
あぁなるほど、嫉妬か。わかりやすいなぁ。
まぁ私が許可してるし、何より彼は私の部下だからハーヴェが言ったからといって辞める必要はない。
「いいのよ。私は嫌じゃない」
「君が良くても僕は嫌なんだよ。僕以外の男が君触れるだなんて」
ギュッと私の手を握りながら純粋無垢なキラキラした目で、独占欲丸出しの言葉を吐く男にため息がこぼれる。
私がなんとかしないと、将来的にヤンデレ化して監禁されそう。それは困る。
「はいはいわかったわかった。アニー、果実水飲みたい!」
用意していた食事などを準備するアニーの元に駆け寄り、私はどかりとその場に腰を下ろした。
そして、差し出された果実水を一気に飲み干した。
「はぁ、生き返る」
「ねぇレーフ。よかったら僕とも剣の稽古をしてくれないか?」
「ん。ハーヴェと?」
「うん。殿下とは何度か稽古したことあるんだろう?ちょっと羨ましくてね」
んー、まぁ断る理由もないしいいか。それに、今のハーヴェの実力も気になるしね。
わかったと返事をすれば、とても嬉しそうに笑みをこぼした。
激しく動くだろうし、着替えた方がいいと提案したがこのままでいいよと言われた。
まぁそんなきっちりした感じじゃないし。男の子だからその格好でも十分動きやすいだろうし。
少しだけぬるくなった果実水を魔法で冷やし直して、また飲み干した。
「そういえば、ハーヴェは誰に教わってるの?」
「ん。僕の師匠?」
「うん。そういう話は聞かないから」
ちなみにルヴィーはハーヴェのお父さんとその部下であるジルクのお父さんに剣を教わってるそうだ。
ハーヴェのお父さんは言わずもがな、現国王の専属騎士であるため実力はもちろん。そしてジルクのお父さんは、騎士団の団長さん。ハーヴェのお父さんが国王専属になる前は副団長さんだったそう。(その時の国王の専属騎士は彼らの父親だったらしい)
とんでも実力者から教わるなんて羨ましい。
……ん?そんな実力者から2、3本とるルヴィーってすごいのでは?
はぁ、剣術だとまだまだルヴィーには勝てそうにないなぁ……
「僕はお爺様から教わってるよ」
「お爺様って……え、元国王専属騎士の!?」
「うん。暇だからってね」
苦笑いを浮かべるけど、とんでもないんじゃないか!?
ハーヴェの祖父。つまり、ハーヴェとジルクのお父さんの父親で、前国王の専属騎士。
【《剣王》へーリオス・カルシスト】
もっとも戦争が盛んだった時代、たった一人でいくつもの戦争を終わらせたと言われる最強の剣士。
そんな人が師匠だなんて、なんて贅沢な!ルヴィーもハーヴェもずるい。
「トレーフル様。顔に出てますよ。すみません、師匠が俺で」
「別に何も言ってないもん」
「……機会があれば教わりに行ったらどうですか?ね、ハーヴェ様」
「え、いいの!?」
すぐに私はハーヴェに視線を向ける。それはもう目をキラキラに輝かせて。
だって、あの剣王に教われるんだよ。これほど嬉しいことはない!!
「んー、レーフが来てくれるのは嬉しいけど……お爺様にレーフを取られるのは……」
「ハーヴェお願い。私ハーヴェの家に行きたい」
別にジルクが役不足だとか、別に従兄と婚約者が羨ましいとかではない。
強くなるために行きたいのだ。
「っ……ずるいな、レーフは。そんな顔するなんて……」
「ハーヴェ……だめ?」
「……それじゃあ、今からの試合で、レーフが一本でも僕から取れたらいいよ」
一本?え、舐められてる?正直ハーヴェ相手なら一本ぐらい取れる。身長もそんなに差がないし。うん、いける。
「いいよ」
「それじゃあ、もし一本も取れなかったら……」
ハーヴェは、自身の指を唇に当てて、にっこりと笑みを浮かべる。あ、嫌な予感がした。
「僕の口にキスをして」
「は!?」
「剣王に教わるんだよ?当たり前の対価じゃないかい?」
「当たり前なわけないでしょ!」
「ふふ。もしかしてレーフ、僕から一本とる自身ないの?」
「は?」
「そうだよね。だって僕は剣王であるお爺様から直々に教わってるからね。レーフが自信をなくすのも仕方ないよね」
ハーヴェは上着を脱いで、先ほどまでジルクが使っていた木の剣を握った。
そして、挑発するようににっこりと笑みを浮かべる。
「まぁ君は可愛い僕の婚約者だから。弱くても僕が守ってあげる」
「っ!弱くないもん!!わかった、一本取ればいいんでしょ!ハーヴェこそ、負けても泣かないでよ!」
休憩は十分とった。体力も戻ってる。何も問題ない。
あの余裕そうな顔ムカつく。子供のくせに人を煽って!それに乗る私もちょろいけど!今はそんなの関係ない。
絶対泣かす!ごめんなさいって絶対に言わせてやる。
私がそんなことを思ってる頃、アニーとジルクの目には可愛い子供の喧嘩に見えているようで、ほっこりと和まれていることに私は気づかなかった。




