191話:人形の体と人の心
彼女の表情は最初から最後まで変わらなかった。
表情のない顔には、罪悪感も高揚感も何もない。
あの魔法は、人間に向けるようなものじゃない。しかも、下手をすれば学園中が大騒ぎになるレベルだ。
それを彼女はためらうことなく、当たり前のように彼女たちに向かってはなったのだ。
「どういうつもりですか。今の魔法は明らかに当たれば死んでしたものですよ」
「そうですね。でも、こうでもしないと彼女たちは理解しないようだったので」
「……彼女たちが選抜メンバーに相応しくないと、そう言ったからですか?」
「はい。なので、実力を見せれば理解していただけると思いまして」
確かに理にはかなっている。それでも、もう少し選ぶべき魔法はあったはずだ。
なのに彼女はあんな強力な魔法を使った。普通じゃない。
「彼女たちが死んでしまえば、選抜はもちろん、大会自体がなくなるかもしれないんですよ」
「結果として彼女たちは生きていたのですから問題ないのでは?」
「そういうことを言っているんじゃないんです。結果がどうであれ、あなたの行動は人のそれじゃない」
いまだに、攻撃を受けそうになっていた彼女たちはブルブルと震えている。当然だ、あんなものが自分たちにあっていればひとたまりもない。それこそ、死体なんてものは残らないほどに粉々になっていただろう。とりあえず、彼女たちにはここを離れてもらわないと。
パチリと私が指を鳴らせば、彼女たちはその場からいなくなる。
試行錯誤を繰り返す中で、密着しなくても、特定の相手をテレポートさせられるようになった。
本当なら攻撃の瞬間に行えば良かったが、それでは間に合わないと判断した。
「流石トレーフル様ですね。多種多様の魔法を使われる。私は、家の決まりで雷系統以外の使用が禁じられているので、羨ましいです」
変わらないトーンで、変わらない表情で彼女はそう口にした。
彼女の家、トニトルス子爵家は、知識より実践をもっとにー、事前の情報など入れず、己の体でその全てを体感し、身につけるようにしている。だから、同学年に比べて実践経験がとても高い。
ただ、貴族位を手に入れた時にその雷魔法で評価されたことで、それを絶対としている。
「トレーフル様や他の方たちが羨ましいです。自由に魔法を使えて。だからこそ、私はあなたたちが嫌いです。生まれに、魔法に、才能に恵まれたあなたたちが」
人形のような彼女から、かすかな嫉妬を感じた。
確かに彼女のいう通り、私は恵まれているのかもしれない。
嫉妬されるのは慣れている。前世でも似たように妬まれ陥れられそうになったことがある。だけど私はいつも、自分が持ってるもので黙らせてきた。
「だから気分が良かったです。キリク様やアンジュ様を差し置いて、私が選抜に選ばれて」
「……そう。それで?」
「トレーフル様も、悔しかったですか?ご友人が選ばれなかったのが」
「別に。残念だとは思ったけど、私は貴女が選ばれたことに驚きはしなかったわ」
「……心にもないことを」
「実技の成績を知ってるからこそよ。キリクやアンジュは現状前線向きじゃないから」
私が素直な気持ちを口にしても、彼女にとっては嬉しさよりも憎たらしさの方が強いだろう。
表情は相変わらず無表情だけど、感情は激しく動いてるのだろう。口にする言葉に僅かに棘を感じる。
「私がどう言っても、貴女は納得しないようね」
「不敬罪で罰しますか?」
「権力を振り翳す気はない。だから、貴女がとった行動と同じことをしてあげる」
にっこりと笑みを浮かべ、彼女の目の前に氷の剣の剣先を突きつけた。
彼女がさっきあの子たちにやったように、魔法でわからせるしかない。
「剣舞祭。貴女と戦えるのを楽しみにしてる」
「……私がトレーフル様に勝てるわけないじゃないですか」
「そうね。貴女如きが私に勝てるはずないわね」
それだけ言って、その場を後にした。
できれば仲良くなりたかったけど、こればかりは私も彼女も平行線でどうすることもできなかった。