余談3:隠れた仲(ハーヴェンク視点)
それは、まだ僕らが学園に入学する前。
その日は、次期国王としての業務をこなす殿下の手伝いをしていた。
書斎の机に積まれた書類を、頭を抱えながら一つ一つ丁寧に確認しながら処理をしていき、僕はそれをまとめる手伝いをしていた。
かれこれ3時間以上同じ作業をしており、そろそろ休憩が必要だと思い、座っていたソファーから腰を上げて、殿下の元に近づく。
「殿下、そろそろ休憩を」
だけど、殿下は全く反応せずに書類を黙々と処理をする。
その後も何度声をかけても殿下は反応しなかった。
仕方がないと思い、ソファーのそばに立てかけていた剣を手にして、軽く鞘で彼の頭を叩いた。
効果はあったようで、ぴたりと手が止まり、何が起きたのかわからないといった顔で僕のことを見上げてきた。
「そろそろ休憩にしようか、ルヴィー」
僕がにっこりと笑みを浮かべれば、殿下は頭をがしがしとかいた後、一息をついて重い腰を上げた。
「そうだな。珈琲が飲みたい」
「じゃあ使用人にそう伝えておきます」
「……あぁ、頼んだ」
何かいいたげな顔だったが、そのままソファーに腰掛けてため息をこぼした。
僕は外にいる兵に、休憩するから食事を用意してくれと頼んだ。
しばらくして、テーブルには軽食と苦めのコーヒーが準備された。
そのまま使用人に呼ぶまで入らないように伝え、二人で食事をした。
「もうすぐ学園への入学があるとはいえ、少し仕事を詰め込めすぎでは?」
「おい。今は二人なんだから、その喋り方やめろ」
「……はぁ、わかったよ。全く、君はわがままだね。レーフによく似てるよ」
お互い、婚約者の前ではこんなふうに親しげに話すことはなかった。
殿下……ルヴィーは友人とはいえ、一応臣下という立場だから、昔からの仲とはいえ人前で特別扱いはしなかった。
僕も似たような理由だけど、もう一つ理由がある。
「あいつと一緒にするな。あいつはただ、自分の好きにやってるだけだ」
「似たようなものだろう」
「俺は立場がある。あれにもあるだろうが、俺ほど重いものではない。いや、たとえ同じ立場でも、あいつは今と同じ振る舞いをするだろうな」
妬むでもなく、どこか呆れている。でも、それを彼女らしいと感じている。僕も同じ気持ちだ。彼女はどんな立場でもきっと彼女らしく振る舞うだろう。
そんな彼女と、ルヴィーの関係が僕はとても好ましかった。
従兄妹同士であり、友人のような仲のいい二人が。
だから、レーフがいる時はそんな二人の中に入るのは無粋だと感じ、彼女がいない、二人っきりの時だけ、僕はルヴィーと友人としてやりとりをしている。
ルヴィーもきっと、シルビア嬢と一緒にいる時と違って、レーフといる時の関係を大事にしているだろう。たまに見かける時、今まで見たことがない彼の表情や行動を目にすることが多くあった。
「まぁそうだね。そんな彼女を妬ましく思うかい?」
「まさか。羨ましいとは思っても、妬ましく思うことはないさ。昔あいつに言われたんだ。いやというほど今でも鮮明に覚えてる」
「へぇー、なんて言われたんだい?」
「私が褒められる度に自慢げな顔をしてくださいって。その後あいつ、俺に主従契約を要求してきたんだぞ」
それは、僕の知らない話だ。
まぁ当然か、ずっと一緒にいるわけじゃないし、僕の知らない二人のことがってもおかしくない。
「それに、仕える主人が無能では私は離れていきますよだってさ。当時、まだ6歳ぐらいだぞ。今考えると、本当に俺とは違って優秀なやつだったよ」
「ルヴィーも十分優秀だと思うけどな」
「あいつの影響だ。従妹が優秀な分、頑張らないとだろ」
昔の、きっとそんな話がある前の彼だったら、今でもわがままな王子様だったのかもしれない。
今こうやって、自分の体のことなんて考えずに仕事するような立派な王子にはなってなくて、色々とメチャクチャになっていたかもしれない。そう考えると、レーフがいてくれてよかったと思う。
「だからこそ、あいつには幸せになってほしんだわ。あいつは他人の幸せばかり、自分の幸せはどうも二の次って感じだしな」
チラリと、ルヴィーと視線があい、彼がニッと笑みを浮かべてきた。
「俺の従妹を頼んだぞ、親友」
「……任せてよ。もう幸せすぎて辛いっていうぐらい幸せにするから」
「あはは!お前ならやりそうだな」
カップに残ったコーヒーを一気に飲み干し、大きく背伸びをした。
一通り食事も終え、残った仕事を僕らは片付けることにした。
「ねぇ、ルヴィー」
「ん?なんだ」
「僕も、君が親友で良かったと思ってるよ」
「……お前がそんなこと言うと怖いな」
「酷いな。人がせっかく素直にいったのに」
その後は、使用人が何人も行き来したことでいつも通りの口調でやり取りをした。
またしばらくは砕けての会話はできないかもしれないけど、これはこれで僕らにとって大事な瞬間だからな。
レーフの前の僕とは違う、シルビア嬢やレーフの前のルヴィーとは違う。
僕ら二人だけの時の、特別な関係は、また別で大事なものだから。