181話:意地悪な彼女
「んー!はぁ、終わった終わったぁ」
この領地を舞台にした小説を無事描き終えることができました。
思ったよりも筆がのり、あっという間に完成してしまった。
「はぁ、さてこのあとどうしようかな。ハーヴェは……まだそっとしておいたほうがいいかもね」
朝起きたらハーヴェがいなくて、屋敷の中を探し回り、見つけたと思って声をかけると逃げられてしまった。
一瞬見えた彼の顔はほんのり赤くなっていた。
もしかしなくても昨夜のことを恥ずかしく思っているのだろうか。え、何それ可愛い!
と内心自分の婚約者に萌えを感じてしまい、可愛そうなのでしばらくはそっとしておいてあげようと思った。
なので、今日は数人の使用人を連れてまた領地を訪れた。
ちょうどなんか色々問題が起きてバタバタしていたので、お手伝いをしてあげた。
壊れているところの修理だったり、水撒きのお手伝いだったり。
そして、一通り領地を見て回って屋敷に戻って残りの執筆を行なった。
今回もまた、ウエンディー様の叔母さまであるカディナ夫人に本の出版をお願いしないと。
「んー……あ、せっかくだし、アンジュに本の表紙描いてもらおうかな」
もちろん彼女が良ければなんだけど。
とりあえず、まずはお願いしてみようかな。婚約者同士でゆっくりしてるのに申し訳ないけど、善は急げ。手紙を送らせていただきます。
とりあえず、手紙と一緒にあらすじと大まかなキャラクターイメージを描いた紙を同封しておこう。
メイドに届けてもらうようにお願いし、私はそのまま気ままに読書をした。
手に取った本は、最近西の国で有名な作家が書いた小説だ。
冒険メインの、女性よりも男性ウケしそうな物語だ。ふむ、成り上がり系か。結構好きな題材だな。私はあまり書かないけど。
少しだけ拙い部分はあるけど、読みにくいとかはなく、むしろその激しい展開にもっと先が読みたくなってしまう。
不意に、部屋の扉を誰かがノックする。返事を返すがなんの反応もなかった。
不思議に思いながら、部屋の扉を開ければ、そこにはハーヴェの姿があった。
「ハーヴェ?」
「えっと……おはよう?」
「……もうお昼過ぎてるよ。ふふっ」
本当に、こんなに気まずそうにしているハーヴェは珍しい。
普段あれだけ恥ずかしいことしてるのに、あんなことでこんなふうになっちゃうなんて、私には君の基準がわからないよ。
「どうしたの?」
「えっと、その……謝りたくて」
「謝るって何が?」
「朝、何も言わないで起きたこととか、目があっても避けてしまったこと」
「……そうだね。私寂しかったな」
我ながら不自然なほどのご機嫌斜め演技。
流石にハーヴェもそれに気づくだろう。でも、寂しかったのは事実。まぁそれ以上に可愛いなぁとは思ったけど。
「ご、ごめん。そんなつもりはなかったんだけど……」
「ふふっ、冗談よ。別に気にしてない。むしろあんなハーヴェが見れて、ちょっと嬉しかった」
そのままギュッと抱きしめれば、ゆっくりとハーヴェが私の頭を撫でてくれた。
うん、やっぱり落ち着くな。もう少しこのままでいたいけど、流石に廊下だしな。
「中入って」
「え、いいの?」
「うん。ねぇ、ハーヴェは今日何してたの?私はね、メイドさん達とまた領地に行ってきたの。それからね」
私は今日あった話をたくさんした。
ハーヴェは黙ってそれは聞いてくれた。
私の話が終わったら、次はハーヴェの番。
朝起きて、この部屋に来るまでのことを素直に全部話してくれた。
「にしても、ハーヴェってお酒弱かったんだね」
「そんなことないよ。レーフの前でだけだよ、あんなこと」
「本当に?もし本当に下戸だったら、パーティーとかでお酒飲むの禁止だよ」
「えー、なんで?」
「私の婚約者は素面でも素敵なのに、お酒なんて飲んだらたくさんの女性を魅了しちゃうでしょ?」
「……なるほど、つまりヤキモチを焼くと」
「うるさいなー」
ヤキモチ以前に本当に酔ったハーヴェは危険すぎる。
挑発的になるというかなんというか、普段もそうだけど酔った時はそれ以上に破壊力がやばい。普通の女性なら絶対に倒れて数日は寝込んでしまうだろう。
「そっかー。じゃあ、そんなヤキモチ焼きの婚約者のために、お酒は控えますかね」
「……そうしてもらえると助かり、ます!」
私はそのまま腰掛けていたベットにハーヴェを押し倒した。
特に意味などはなかったが、なんとなくそうしたかった。
予想外の行動だったのか、ハーヴェが今までにないぐらいあたふたと戸惑っていた。なんだかちょっと可愛いな。
「ハーヴェ、動かないで」
「れ、レーフ、な、なにを……」
「何もしないよ。ただこうしてるだけ。ダメ?」
「ダメ、ではないけど……なんだか今日は意地悪じゃないかい?」
「ふふっ、意地悪な私は嫌い?」
「……嫌い、ではないけど……」
「なら、メイド達が呼びに来るまでこのままね」
「勘弁してくれ」
私はしっかりと有言実行する女だよ。
なので、本当にメイドたちが晩御飯を呼びに来るまで。