180話:夜空の歌
今晩もとても美味しい夕飯でお腹も心も満たされた。
特に今日はしっかり体を動かしたからすごく美味しかった。
お風呂も済ませて、あとは寝るだけになったけど、もう少しで小説も完成するのでワインを飲みながら筆を走らせていく。
不意に扉がノックされて返事を返せば、ハーヴェが部屋へとやってきた。
「執筆中だったかい?」
「うん。途中だけど読む?」
「いいのかい?」
「うん、舞台はここだから。ハーヴェには特別に」
「ふふっ、ありがとう」
原本をハーヴェに渡し、私はその間バルコニーに椅子とテーブルを移動させて、領地を眺めながらワインを飲んだ。
楽しみにしていたワインだけど、残念なことに、特異体質のせいで酔うことができなかった。確かにワインを口にしている感覚はあるのだが、酔えないのであればジュースを飲んでるのと変わらない。こう言う時、己の特異体質が憎くてたまらない。
夏場なのに、肌に感じる風は涼しくて、酔ってるわけでもないのにひどく気分がいい。
だから、思わず歌ってしまったのは完全に無意識だった。
「ご機嫌だね」
「ん。あれ?もう読んだ?」
「いや、途中だよ。でも、今はレーフの歌が聞きたくてね」
「えー、大して上手くないよ?」
「そんなことないよ。僕はとても好きだよ」
「そう?」
「うん。なんでもいいから歌って欲しいな」
お願いされるとちょっと気恥ずかしいな。
なんでもか……あんまり覚えてはいないけど、前世で聴いていた歌でも歌おうかな。
静まり返る中、空気が振動して私の歌が響いた。
出だしは緊張で声が震えたけど、しばらくすればそれも無くなって、ただ気持ちよく歌を歌った。
チラリと彼に視線を向ければ、目を閉じて私の歌を聞いてくれていた。そんなに聞き入るものでもないのにと思ったけど、ちょっとだけ嬉しかった。
3から4分ほどで歌い終われば、ハーヴェが拍手をしてくれた。
「すごく綺麗だったよ。まるでオペラ会場で聞いてるような気分だったよ」
「からかってるでしょ」
「どうだろう。でも、僕は君と違って」
3分の1ほど飲み残していた私のワイングラスを手にして、ハーヴェはそれを一気に飲み干した。
飲み終えたあと、ほんのり顔が赤くなっており、私に向ける視線はほんのり熱を帯びているように見えた。
「お酒でも酔えるからね。酔っ払いの言葉と思って多めに見てよ」
「……飲む前に行ったら意味ないでしょ」
「……そうだね」
「ほら、もう今日は終わり。そろそろ寝ようよ」
空になったグラスと、まだ少し残っているワインボトルを手にして部屋の中に戻っていく。
テーブルと椅子は、明日片付ければいいかな。
それにしても、一瞬であんな顔になって……ハーヴェって意外と下戸なのかな?将来パーティーとかにも参加するだろうし、大丈夫かな。
そんな将来の心配をしてる時、ハーヴェが後ろから私をギュッと抱きしめてきた。
「え?ハーヴェ?」
「ねぇレーフ、今日一緒に寝てもいいかな」
「え!?」
「絶対に手は出さない。本当に寝るだけ。今日はもう君から離れたくない。だから」
お酒のせいだろうか。いつも通りに聞こえるけど、なんだか母親に縋る子供のようにも感じてしまう。
別荘にいる間も、部屋は別々だった。婚約者とはいえ、一応未婚の男女だからお互いそれを分かった上でだった。
だから、たとえ寝るだけとはいr同じベットに入るのはいかがなものだろうか。
「……今日だけだよ」
「うん。ありがとう、レーフ」
断れなかったのは、私も彼と一緒に寝たかったという気持ちがあったからだった。
きっと、今すっごく顔が赤いだろうな。
あーあ、お酒に酔えてればいいわけにもできたのにな……