178話:次期国王と王妃(シルビア視点)
夏休みに入って数日、休みではあるけれど毎日目まぐるしく忙しい。
王妃教育が開始して数年。やることは多くあり、そして気をつけることも多くあり、正直弱音を吐きたいと思ってしまう。
でも、ルーヴィフィルド様も次期国王として頑張られているのだから、私がここで弱音を吐いてはいけない。頑張らないと。
「シルビア?」
「んっ?あ、ルーヴィフィルド様」
今日の王妃教育を終えて部屋に戻る途中、向かい側の廊下からルーヴィフィルド様が歩いてこられて、私に声をかけてくださった。
まさか会えるとは思っていなくて、思わず胸が高鳴ってしまった。
大丈夫かな、今顔赤くなってないかな……。
「王妃教育中だったか?」
「いえ、終えて部屋に戻るところでした」
「そうか、ならちょうどいい。少し歩かないか?部下たちに少し休むように言われて追い出されてしまった」
よく見れば、少し顔色が良くないようだ。目の下も少しクマができている。
無意識に、私はそっと殿下の目の下を指で撫でて差し上げた。
「あまりご無理をなさらないでください」
「……お前も、辛いときは弱音を吐いていいのだからな」
そう言って、殿下は伸びていた私の手を取り、手のひらに甘えるように頬を押し当てられた。その仕草がとても愛らしく感じてしまい、また胸がギュッと苦しくなってしまった。
そのまま二人一緒に庭園内を歩いて回った。
何度かこの道は通ってたけど、そのときは急いでいてあまりちゃんとはみれていなかった。こうやってのんびり庭園内を歩くのは久しぶりだ。
「そういえば、レーフはハーヴェンクと一緒にカルシスト家の別荘に行っているそうだな」
「はい。葡萄園のあるところだそうで」
「あぁそこか。あそこで作られるワインは絶品でな、父上も好んでよく飲まれている」
「父もです。母はジュースを好まれていて。あ、ノアも好きなんですよ」
トレーフル様とハーヴェンク様の二人でのお泊まり。
幼い頃から付き合いもだいぶ経ちますが、そういったことは今までにありませんでした。
昔は、ハーヴェンク様が素直に気持ちを伝え、トレーフル様はそれを少し流していたところはありましたが、嫌がってはいませんでした。
今では、その愛情を必死に受け止めようとされているようで、とっても可愛らしいです。
「何もなければいいがな。一応婚約者ではあるが、未婚の男女だからな」
「そこは、ハーヴェンク様の頑張り次第かと」
「お、シルビアはレーフが我慢できずに、とは考えないのだな」
「……それは盲点でした。それはそれで素敵ですね」
殿下とこんな会話をするのは久しぶりかもしれない。
昔は、二人でお茶をする時間にこう言った話をよくしていたが、最近はやはりお互い忙しくてあまり話ができていない。
「……なぁシルビア。1つわがままを聞いてはくれないか?」
真っ赤な薔薇を眺めているとき、不意にルーヴィフィルド様がそうお願いをされてきた。
ほんのり顔を赤く染め、どこか照れているような表情をされている。
「なんでしょうか?」
「……二人っきりの時でいい。俺のことをルヴィーと愛称で呼んではくれないか?」
そういえば、婚約者同士ではあるが、ずっとお名前で呼んでいた。いや、愛称で呼んではいけないと勝手に思い込んでいた。だって、その呼び方は、トレーフル様だけに呼ばせているものだと思ったから。
「よろしいのですか?」
「もちろんだ!むしろお前にそう呼ばれたい!」
必死な顔でそう言われる殿下。
なんだか、幼い頃の殿下を思い出してしまいます。
「では、私のことはビアとお呼びください」
「ビア……いいのか?レーフはそう呼んでいないが」
「いいのです。殿下に、そう呼んでいただきたいので」
「……わかった。ありがとう、ビア」
「はい、ルヴィー様」
「むっ、様は外せ」
そう言われましても、呼び捨てはノア以外にはしたことがないので、なんだか気恥ずかしくて仕方がない。それに、なんだか違和感を感じてしまう。
「ルヴィーだ。ルーヴィーイ」
「……わ、わかりました!頑張ります」
少しだけ深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
そして、意を決して私は殿下のお名前を口にする。
「る、ルヴィー……」
「……なんだ、ビア」
とてもうれしそうに、そして愛おしそうに私を見つめる殿下。
あぁ、なんて幸せな時間なんだろう。
たったこれだけのことなのに、胸が苦しくて苦しくて仕方がない。
トレーフル様。どうか、あなたも私と同じように、今の時間を幸せに過ごされてください。