174話:夏休み
それから数日後、無事に1学期が終わり、今日から夏休みを迎えることになった。
2週間と、元の世界に比べたらずいぶん短いが、それでも長期の休みというのはウキウキして仕方がない。
「それではトレーフル様。お先に失礼します」
「うん。気をつけていっておいで。ご家族によろしく伝えてね」
「はい」
「エリオットも、道中気をつけて」
「はい、ありがとうございます」
私はハーヴェと一緒に馬車で別荘に向かうので、今はそれを待っている。
それより前にアニーが弟のエリオット共に実家に帰るので、現在はお見送り中。
道中何かあるかわからないし、それこそ盗賊なんて虫のようにいろんなところに湧いて出てくるから注意してほしい。
二人を見送り、私は寮の入り口でハーヴェの迎えを待つ。
ルヴィーとシルビアは、休みの日でも次期国王、王妃の教育があるため、二人仲良く王城へ。アンジュは休みの間キリクの実家で過ごすらしい。
ミセリアは、ヘルガと共に桜華に帰国した。
みんないなくなって、ちょっと寂しい気持ちになってしまった。
けど、それ以上に葡萄やマスカットが楽しみで仕方がない。
「ご機嫌だね、レーフ」
何を食べようかと頭の中で考えてれば、いつの間にか迎えにきたハーヴェがにっこりと笑みを浮かべながら私を見下ろしていた。
くすくす笑う姿に、変な顔をしていなかっただろうかと不安になる。
「待たせてごめんね。暑くなかったかい?」
「うん。魔法使ってるから平気」
「流石。馬車が来たから行こうか」
差し出された手を握り、私たちは馬車の方へを歩き始めた。
しかし、その途中で会いたくない人がまるで待ち伏せしていたかのようにそこにいた。
「ヤッホートレーフルちゃん」
「……クロイツ殿下」
「あれれー、トレーフルちゃんも出かけるの?ねぇねぇどこ行くの?よかったら俺とデートしようよ」
「殿下!何を言われているのですか!」
今日は側に従者がいるようで、彼がクロイツ殿下を止めようとした。
それでも、彼は変わらず私に声をかけてくる。あんなことがあったのに懲りてないようだ。
「申し訳ありません、クロイツ殿下。トレーフルは今から僕と別荘に泊まるので」
「別荘?はっ!まだ婚約者なのに二人っきりで?問題になるんじゃないか?」
「二人で過ごすことに問題はありません」
「ふーん。なら俺もついて行くわ」
「は?」
「殿下!!」
「別にいいだろう?他国の視察というか、観光で」
「申し訳ありません。そういうことは許可が必要で。というよりも、それ以前に殿下はこの前のことがあるので、トレーフルに近づけることはできません。あんなことがあってまだ懲りないのですか?」
「あー、神獣様ね。御伽話かと思ったらマジでいるなんて。しかも、トレーフルちゃんが契約者なんてびっくりだよ」
変わらずヘラヘラとそんなことを言うクロイツ殿下とはうって変わって、側にいた従者は顔面蒼白状態。今初めて聞いたのだろう。まぁこの人がいちいち従者にそんな話をするはずもないか。
「命が惜しければ、引いてください。これは脅しではありません」
「……なぁ、お前確か俺と同じ騎士科だよな」
「そう、ですが……」
「カルシストっていえば、この国じゃ有名な騎士家系だろ。お前の祖父は確か剣王とか呼ばれていて、父親は現国王の専属騎士。うっわ、超エリート」
「何が言いたいのですか?」
「休み明けの学園のイベント、覚えてるか?」
休み明けの最初のイベントといえば、剣舞祭のことだろうか。いわゆる武闘大会で、各学年から5名ずつ選ばれ、魔法科部門、騎士科部門で試合が行われる。
そして最後に、エキシビジョンとして、各学科の優勝者同士の試合が行われ、特にそれは大いに盛り上がるそうだ。
「エリート家系の騎士なら選ばれるだろう。もちろん俺も。それで、その試合に俺が勝ったら、トレーフルちゃんを俺に譲れ」
「はぁ……無理に決まっているではないですか」
「なんだ?負けるのが怖いのか?」
「そうではなく、婚約破棄は家同士の問題になるので、試合の勝ち負けで簡単にできることではないのです」
「そうですよ殿下!大体!どうしてそこまで彼女にこだわるのですか!」
本当にそうだ。
別に私が殿下に何かをしたわけでもない。
ここまで執着されるほど、彼の心をゆさぶす何かをしたことなんて全くない。
「エルーシャ、お前もクピィドゥスの人間だろ、野暮なこと聞くなよ」
その時、クロイツ殿下と視線が交わった。
私はすぐさま目を逸らし、ハーヴェの後ろに隠れた。なんだかとても嫌な視線だった。
「自分の嫁するためならあらゆる手を使うのは当たり前だろ」
「なんの理由にもなっていません。貴方が私を嫁に迎えたい理由が」
「何言ってるんだ?嫁にしたいって言うのが理由に決まってるだろ?俺はト―フルちゃんを嫁にしたい。だから、どんな手を使ってでも手にいれる。な、もっともな理由だろ?」
にっこりとさも当然のように口にする彼に、私もハーヴェも呆れて言葉が出ない。
大体、本当に何度も言ってるけど、ここは中央国で南の国ではない。
自国の常識は他国には通用しない。
「根本から価値観が違いますね。大体貴方は、本気で誰かを好きになったことがないみたいですね」
「俺は常に女性には愛情を向けている。もちろん、トレーフルちゃんにも」
「それは愛情ではありませんよ。ただのエゴです」
国の常識が歪んでるせいで、彼は本当の愛ってものを知らないんだ。
多くの妻を、夫を娶ることは悪いことじゃない。全員が全員愛のない、ただ嫁にしたいからと言うだけで結婚したわけじゃないのはわかってる。
でも彼にとって女性は、ただのエゴの押し付け先。飽きてしまったり、壊れてしまえばすぐに捨ててしまう。
「愛」と人が魅力的に聞こえる言葉に言い換えているだけ。
「可哀想な人」
「トレーフル?」
「行こうハーヴェ。これ以上この人と会話しても意味がないよ。どう足掻いても平行線なんだから」
憐れむような視線をクロイツ殿下に向けながら、ハーヴェの腕を抱いて歩き始める。
クロイツ殿下はあの時と同じように引き留めようとしたが、私が張った防御魔法に弾かれ、そのまま尻餅をついた。
心配などせず、振り向くこともなく、私たちは馬車に乗り込んでいき、夏休みの間に過ごす別荘へと向かった。