169話:向ける矛先(?視点)
1学期まるまる使用した郊外での授業を終えた騎士科3年生の夏休み前の授業は、自由参加だった。
講義を受ける者もいれば、訓練場に行く者。戻ってきたことで後輩たちに剣術を教えて欲しいとねだられる者もいる。
そんな生徒の中、他国から留学してきたクロイツはどれでもなく、ただ木陰で昼寝をしており、それに従者であるエルーシャが付き合っている。
本来彼は、魔法科の生徒であるため授業を受けないといけないが、クロイツと共に騎士科の授業を受けていたため、騎士科三年と同じ扱いを受けている。
「全く殿下、声をかける方には気をつけてください。特に今年は、この国でもっとも身分高い方が入学されているのですから」
「身分ねー……それって、あの女の子たち」
「えぇ。ピンクの髪の方は存じ上げませんが、銀髪の方はシルビア・ガーデンハルク様。この国の宰相の御息女で、次期王妃になられるお方です」
「へぇー、そりゃあ手を出したら国際問題だわ。危ない危ない」
悪びれもなく、ヘラヘラヘラ笑いながらそう答えるクロイツに、従者であるエルーシャは笑い事ではないと主人を怒った。
彼はいつもこうだった。自国でも、ヘラヘラと笑って自由気ままで、すぐにいろんな女性を口説く。
留学して他国に来ればそれも無くなるだろうと思っていたが、変わらず女性に声をかけまくるしまつ。
良かったことといえば、騎士科3年には女性がいなかったため、郊外授業中に何か問題を起こすこともなかった。
だが、戻って早々に女性に声をかけているところを目撃して、エルーシャは頭を抱えた。
「じゃあさ、あの子は。緑色の髪の」
「あの方は、現国王陛下の弟君の御息女です」
「へぇー王弟の。だからあんなに……」
クロイツは今朝の出来事を思い出す。
すぐに自分に警戒をし、後ろにいる女性を守るように前に出た。
か弱い女性というよりも、正義感のある騎士のような女性だった。
クロイツの見てきた女性でも、あまり見ないタイプの存在だった。
同じ騎士科の女性も似たようなところはあったけど、それでもやっぱりクロイツが知る「女」という部分が見えていた。
「じゃあさ、国際問題にならなきゃいいわけだ」
「え?何を言われているのですか?」
「何って、声をかける相手を選べって言ったのはお前だろ?」
「そ、そうですが……彼女には婚約者がいらっしゃいます」
「だから?」
「っ!殿下!ここは自国ではないのです!この国の法律では」
エシャールは必死に止めようとした。しかしその瞬間、クロイツが彼の首を掴む。
グッと掴まれているせいで声が出せない。
クロイツの表情は笑顔だった。怒っているわけではないが、明らかに「黙れ」と言っているようだった。
「他国なんてわかってるさ。この国に来て何人の女が俺に振り向かなかったことか。自国ならみんな俺に振り向いてくれたのに。だから、国際問題にならず、なおかつこの国で高い身分の女が俺に落ちたら、最高だと思わないか?」
エシャールから手を離したクロイツは軽い足取りでどこかに向かった。
何度か咳き込んだ後、エシャールも慌てて彼の後をついて行った。
「トレーフル・グリーンライトか……」