167話:南の王子
入学前に話していた、ミセリア以外の留学生。
南の国の第五王子。まさかこんなところで顔を合わせることになるなんて。
またルヴィーに怒られそうだな。
「お初にお目にかかります、クロイツ殿下。トレーフル・グリーンライトと申します」
「中央国のお嬢さは優雅だね。でも、堅苦しいあいさつはいいよ。学園内は身分なんて関係ないだろう」
「はい。しかし、一応私は1年でクロイツ殿下は3年生なので、敬意は払うべきかと」
「はぁ、もっとゆるくていいのに。でも、初対面ならそんなもんだよね。ね、暇ならこの後俺とお茶しない?もちろん、後ろの二人も」
チャラい。本当にチャラい。本当にこれが王子なのか?見た目もそうだけど、ルヴィーの方がよっぽど王子っぽい。第五王子って立場だから甘やかされて育ったのだろうか?
「殿下!こんなところにいらっしゃったんですか!」
その時、彼らの後ろから大荷物を抱えた男子生徒がこちらへやってきた。
制服は騎士科ではなくて私たちと同じ魔法科の制服。
「エルーシャ遅いぞ。何をモタモタしていた」
「殿下がどこかに行くからでしょう!待つように言っていたではないですか!」
「俺はお前の主人だぞ。従者の言うことを聞く主人がどこにいると思う」
「またそんなこと言って。ここは自国じゃないんです!余計なことされて国際問題になったらどうするおつもりですか」
「うるさいな。もうお前はあっちに行ってろ。俺はこれからこちらの女性たちとお茶をするんだ」
彼の視線はまた私たちに向けられる。
彼の従者が不憫で仕方ない。こんな主人に振り回されて。
同じ留学生でも、やっぱりミセリアの方が行動を考えれば……いや、今はともかく当時はそうでもないか。
「申し訳ありませんが、私たちはこれから授業なので失礼します」
「えー、別に授業サボってもいいじゃん。だからさ」
「殿下!いい加減にしてください」
「そうだクロイツ。それに、こちらの方々には婚約者がいるんだ」
「だからなんだ。婚約なんて家が決めた相手だろう。それに、愛する相手が絶対に一人ではなといけないってこともないだろう?うちの親父なんて、本妻1人に側室12人だぞ」
クピィドゥスは一夫多妻、その逆を許可している国だ。
元々は、王族や貴族の跡取り問題があり、多く子供がいれば何かあった時に代わりをすぐに用意できるから、ということで許可された制度だ。
そのため、1つの家門で複数の妻や夫を迎えるのは当たり前。ただ、誰がどこに嫁いでいるか調査がされるわけではないため、多重婚をしている者もいるそうだ。
それに、どうにかして自分の嫁に、夫にするためにあらゆる手を使うとも聞く。
だからこそ、クピィドゥス国は別名「愛欲の国」なんて他国から呼ばれている。
我が国は、複数の夫や妻をとることは許可しておらず、一夫一妻が法律で決められている。浮気や重婚は罪に問われてしまう。
まぁ私はハーヴェ以外を好きになることはないけど。この王子も、好みじゃないし。
「申し訳ありませんが、私は婚約者以外と結婚する気はありません」
「あはは、最初はみんなそう言うさ。でも、俺との仲を深めれば、すぐに俺に振り向いてくれる」
「……はぁ、どうも殿下にははっきりと言葉を伝えないとわかってくださらないようですね」
ゆっくりと伸びる彼の手が私の頬に触れた瞬間、私はそれを払いのける。
全く、彼はここが他国である自覚がないのだろうか。
ここは中央国で、南の国ではないのだ。彼の考えは通用しない。
「私、殿下のことは好みじゃないんです。見た目も、中身も」
「……申し訳ありませんが、私も」
「私も、そうですね」
私に続き、シルビアやアンジュもことわりの言葉を口にする。
そのまま私たちはエリオットとクロイツ殿下、そして彼の従者に挨拶をしてその場を後にした。