166話:騎士科3年
季節はすっかり夏になり、もう直ぐ夏休み。
とはいえ、元の世界とは違って1ヶ月以上の休みというわけではない。
大体2週間ほどの休みと言える。
一部の生徒は実家に帰ったり、家ではなく別荘や婚約者の家で過ごすという者もいる。
かくゆう私も、婚約者であるハーヴェの実家であるカルシスト家の別荘で過ごすことになってる。
カルシストの領地の一つで葡萄やマスカットの栽培をメインにしている領地だそうで、そこで作られるワインは絶品だそうだけ。
一応学生の身ではあるけど成人しているので飲めないわけではない。
でもそれ以上に、そこで採れた葡萄やマスカットを使ったお菓子が美味しいそうで、本当に今から楽しみで仕方がない。
アニーも誘ったが、長らく実家に帰っていないため今回は実家に帰るそうだ。
学園に戻る際に、別荘まで迎えにはきてくれるそうだけど。
「そう言えば、アニーの3番目の弟さんって騎士科にいるんだっけ?」
「はい。エレシア様のご支援のおかげで」
「そっか。じゃあ一緒に帰るの?確か、騎士科の3年は夏休み前に戻ってくるんでしょ?」
騎士科3年は1学期まるまるを別の施設で過ごす。詳しいカリキュラムは知らないけど、ほとんどの授業が実践訓練と聞いた。
「はい。トレーフル様はお会いしたことありましたよね?」
「数回だけね。だから申し訳ないけどあんまり覚えてない」
「大丈夫ですよ。ただ、帰る前にご挨拶だけさせてください。弟は将来グリーンライト家の騎士になりたいと言ってまして」
「そうなの?初耳」
多くの騎士科の生徒は、国の騎士団か名門カルシスト家の騎士になりたがる人が多い。まぁうちもそれなりに強いけど、あんまりなりたいって声は聞かない。
「はい。もし機会があれば、手合わせをしてあげてください」
「アニーの弟だから特別だよ」
そんな雑談をしながら学園に行く準備をする私。
今日から制服は夏服。冬服のデザインも好きだけど、夏服も可愛くて好きだ。
涼しげな白い制服。なんだか清楚って感じ。
「じゃあ行ってくるね、アニー」
「はい。いってらっしゃいませ」
アニーに見送られ、私は寮の入り口にいたアンジュとシルビアと3人で登校した。
アニーは今日、二人の使用人と一緒に街に行くと言っていた。
夏休みで帰省する際に必要になるものの買い出しだそうだ。
久しぶりのお出かけだろうし、私は少しだけお金を渡して楽しんでおいでと伝えた。申し訳なさそうにしていたけど、たまには私のことを忘れて楽しんで欲しいという気持ちだった。
「私たちも今度3人で出かけたいね」
「いいですね」
「暑いですし、南の国の果実を使ったデザートが美味しいですよ」
「いいね。柑橘類はさっぱりして夏場にいいんだよね」
「そういえば、南の国でいま、冷たい水に紅茶と好きなフルーツを入れたものを飲むのが流行ってるそうですよ」
「フルーツティーね。元の世界でも人気があったよね」
「はい。私はレモンが好きでした」
「私は桃か、葡萄かな」
「お二人は飲まれたことがあるんですね」
この世界でもそういう飲み方が流行り出したのか。
確かに南の国はこっちに比べてとても暑い。というか、年中季節が夏のまま。
だからこそ、フルーツティーが生まれるのは必然なのかもしれない。
「……なんだか今日、騎士科の方が多くないですか?」
登校途中、ふと視線を周りに向ければ、確かに昨日に比べて騎士科の生徒の数が多いかもしれない。
どこを見ても騎士科の夏服を着る生徒ばかり。
「騎士科の3年生が戻られたのかもしれません」
「あー、特別授業でいなかったんだよね」
「はい。数日後には夏休みなので、授業を終えてこちらに戻ってこられたのかと」
ちょうど朝、アニーとその話をしていたけど、まさかそれが今日だったなんて。
にしても、やっぱり騎士科。男子の数が多い。
2年にはウェンディー様を含めて数名の女子生徒がいたが、3年生には全く女性の姿ない。
やっぱり、まだ女性が騎士になるというのは受け入れ難いことなのだろうか。
「あ、あの……」
その時、私たちが歩いていた前から一人の男子生徒が声をかけてきた。
背が高く、クセのある髪の毛。わずかに顔にはそばかすがある。腰には剣が携えられており、制服は騎士科のものだった。
「失礼ながら、トレーフル様でしょうか?」
「……はい、そうですが」
「あ!よかった。ご無沙汰しております、ダグネスク家三男。エリオット・ダグネスクと申します。お会いできて光栄です」
「ダグネスク家……あ、もしかしてアニーの弟さん?」
「はい!姉がお世話になっております」
これまた偶然。今朝話していた弟さんが今目の前にいた。
会ったのは幼い頃に数回だけ。もう顔なんてほぼ覚えていないけど、よく彼は私だとわかったな。
「突然声をかけてしまい申し訳ありません」
「構いません。ちょうど先ほど、寮を出る前にアニーと貴方の話をしていたんです」
「え!ぼ、僕のことですか!?」
「はい。夏休み、一緒に実家に帰ると」
そんなに大した話はしていないが、話題に出たのが嬉しかったのか、なんだか照れた表情を浮かべている。姉に話題されて嬉しかったのかな?意外とシスコン?
「トレーフル様、こちらの方は?」
「あぁ、うちの侍女の弟さん」
「エリオット・ダグネスクです。初めまして、シルビア様、アンジュ様」
「まぁ、私たちのことをご存知で」
「姉がお使いしている方のご友人ですから」
「初めまして、ダグネスク男爵」
「エリオットで大丈夫です。家名は少し言いにくいので」
「では、エリオット先輩と呼ばせていただきます」
にこやかな雰囲気で四人一緒に話をする。
ただ、ここで私の勘が働く。
今朝、話題に上がった騎士科3年が帰ってきて、話にあがった弟とも現在話をしている。これで何もないわけがない。そう思ってしまった。
「朝からナンパか?エリオット」
会話をしている途中、彼の背後から親しげに声をかけ、肩に腕を回す褐色の男性が目の前にやってきた。
「おっ、3人ともめっちゃ可愛いじゃん。なになにエリオット、魔法科の1年生に声かけるなんて」
「そんなんじゃない。後、少し言葉を慎め。自分の国じゃないんだから」
「お前は硬いなー。身分なんて、この学園じゃ関係ないだろ」
「そうだが、お前は他国からの留学生だ。だから」
「はいはい。もう、ほんとお前は真面目だなー」
そういいながら、褐色の男性は私たちに近づく。
私は二人を庇うように前に出て彼を警戒した。だけどその様子を、彼はどこか楽しそうに見ていた。
まるで、新しいおもちゃを見つけたような、そんな顔。
「あれれ、警戒されちゃってる?そんな怖がんなくていいよ」
「……どちらさまですか?」
「おっとこれは失礼しました、お嬢様方。俺はクロイツ。クロイツ・ファヌド・クピィドゥス。南の国からの留学生です」