159話:口付け(マーキング)
一人、甲板に残った私は空を見上げていた。
別に、キスをされて呆けたわけじゃない。むしろその逆、焦りだ。
もしこのことがハーヴェに知られたらどうなるのかと。
相手は最古の吸血鬼で、あのリネアを殺した相手だ。殺し合いになればハーヴェが死ぬ。
《トレーフル、起きているか》
「アモル様!はい、起きています」
《先ほど、古吸が来ていたようだな》
「古吸……もしかして、ヴァルのことですか」
《ほぉ、お前には愛称で呼ばせているのか。珍しいな》
確かに、もう1000年以上契約をしているトレラ様でさえ、彼のことは普通に名前で呼んでいた。アモル様も古吸って呼んでるし。
まぁ、古の吸血鬼を愛称で呼ぶなんて普通ないからなぁ……
《何ようであれは来たのだ》
「天使リネアとの戦闘で助けていただいて、そのお礼の吸血です。去り際にキスされましたが……」
《キス……口付けのことか》
「あ、はい。ハーヴェにしられないか不安です」
《……お前はつくづく、多くのものに好かれるな》
「え、まぁ意図したことではないですが……」
《その様子では、意味は知らないようだな》
「意味、ですか?」
《吸血鬼からの口付けはマーキング。つまり、所有の証だ》
「所有って……え!?つまり血液タンクですか!?」
マジか!あのキスにそんな意味があるのか。
うわー、血液タンクって響き最悪。吸血鬼からしたらやっぱり人間の私も家畜と一緒なのだろうか。
《そう悪い意味ではない。マーキングは、言い換えればものに名前を書くのと同じだ。自分のものだから手を出すなという》
「ということは、マーキングされたことで何かあるのですか?」
《まず、当たり前だが古吸がお前を殺すことはない。そして、古吸よりも格上でなければ、他の吸血鬼がお前に手を出すことはない》
なるほど……つまり、私はヴァルに殺されることもなく、他の吸血鬼に襲われることもないってことか。
そんなことをするほどに私の血、というか魔力は美味しいのだろうか?
《まぁ、悪いものではないということだけは確かだ》
「吸血鬼のマーキングって、血を吸うことで行うかと思ってました」
《普通はそうだ。だが、それはあくまで食糧に対してのマーキング。お前のは、吸血鬼の好意によるマーキングだ》
「……食料ではなく、私という人間を気に入ったってことですか」
《そうなるな。あれが特定の人間を気にいるのはかなり珍しい。どういう行動をとるかわからんが、トレラには我から言っておく》
「よろしくおねがいします」
その後は、長い時間アモル様とお話しした。
不思議と、話をしていると眠気に襲われてきた。この眠気を逃すわけにはいかず、私は中に戻ることにした。
《またこちら側に来てくれ。子供達が寂しがっている》
「はい、また伺います」
その会話を最後に、アモル様の声は聞こえなくなった。
私は大きなあくびを一つした後、中に戻ってぐっすり眠った。