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158話:夜の来訪者

帰りもまた、日を跨いでの海路になる。

行きと同じようにまた私は眠れず夜の甲板でぼんやりと海を眺めていた。

無気力、とは違うし、やり切ったというのもしっくりこない。

なんだろう……体や心の中にあった力が抜けるようなこの感じ。

あぁ、近い感覚は知ってるかも。

長年続いた漫画や小説が完結して、それを一気に読んで読み終わった時の感覚。まだそこにいたいと思うようなそんな感じ……

世界危機の大事件だったのに、もしかしたら私の知らないところで、それを楽しんでいたのかもしれない。

そうだよね、今はこの世界で生きているけど、元々は私が想像した世界。ハラハラドキドキどうなるんだろう、わぁすごい。そんな無邪気な子どみたいな感覚があるのかもしれない。


「また、一人?」

「っ!」


ぼんやりと、自分の今抱いている感情について考えていると、不意に耳元でそう呟かれた。

振り返った先、数日前に陽の光の下で会ったのが最後だった、あの吸血鬼。


「ニルヴァルド・メンシス・オルロック」

「……ヴァル」

「え?」

「フルネーム長い。ヴァルでいい」

「……ヴァ、ヴァル」

「……うん」


無表情からの、ちょっとした微笑み。

それは、ひどく目を奪われるほどに美しいものだった。

確かに、存在も現実離れしているけど容姿も現実離れしすぎていて、なんというかやっぱり芸術品を見ているようなそんな感覚だ。


「えっと、どうしたのヴァル」

「ん。約束」

「約束?あぁ、血をもらいに来たの?」

「うん」

「トレラ様は、一緒じゃないの?」

「今日はあっちにいるって」

「そうなんだ……わっ!」


そのままヴァルは私に抱きついて来て、首筋に口付けをする。

やばい。こんなところ誰かに見られたら。


「大丈夫。魔法で、誰もこられないようにしてる」

「いや、そこまでしなくても」

「前回、邪魔されたから」


その失敗を活かして、ということなんだろうけど、変に学習しないで欲しかった。今後同じようなことして血を吸いにくるだろうから。


「……まぁ約束なのでいいですよ。助けてくれてありがとうございます」

「ん、どういたしまして」


短く、あまり心のこもってない言葉を口にして、彼は私の首筋に歯を立てた。

血を吸われる感覚はひどくむずむずする。内側を撫でられてるみたいだ。


「ヴァル、そろそろ」

「……」

「ヴァル。やめて……」

「……」

「っ!ヴァル!」


魔法を使って彼を無理やり引き離す。

それなりに全力だったけど、流石に最古の吸血鬼には大した魔法ではなかったようで、あっさり砕かれてしまった。


「ごめん」

「……今後、吸血するときはトレラ様を必ず同行させて」

「わかった」

「じゃあ用は済んだでしょ。もう帰って」

「……前に、トレラが言ってた」


私が帰るように言っても、ヴァルは帰ることなく、そのまま話を続けて来た。

それは、随分と昔に彼がトレラ様から聞いた話だった。

神や天使、悪魔といった概念に近い、実態を持たない存在は、実態を得るための依代が必要だと。

しかし、依代は何でもいいというわけじゃない。その神に、その天使、その悪魔にあった依代でなければならない。もし、それらに合わないものに入ってしまうと、その依代は灰になってしまうそうだ。

それを聞いて、前に町で聞いた子供の失踪事件について思い出した。

子供の衣服と灰だけのようなものが残っていたと。


「あれは、依代になった子の……」

「自分に合う依代に出会えるのはかなり珍しい。それに、依代になったらその依代はただの器になって、人格は消える。戻す方法はない」

「それを、どうしてわざわざ私に教えるの?」

「トレラが言ってた。人間は効率化を求める。依代を探すよりも、作った方が早いって」

「作る?」

「詳しくは知らない。でもどこかで、何かの依代を人間が作ってるって」


どこかの国が何かの依代を作ってる?それって、人工的に人の代わりに神や天使、悪魔を顕現させるための器を作ってるってこと?何のために?


「じゃあ、行くね」

「待って!もう少し詳し……」


尋ねようとしたけど目の前にヴァルの顔をあり、唇に柔らかな感触がした。

ゆっくりとその感触がなくなり、また彼が笑みを浮かべる。


「僕、トレーフルのこと気に入った。また会いにくるね」


あの時と同じように、一度瞬きをした瞬間にヴァルはいなくなった。

私そのままその場に座り込み、まだ熱を帯びる唇に触れた。


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