147話:フィデース3
風と音の魔法を組み合わせた盗聴の魔法。
空気の振動から中の会話を聞くというものだ。
壁や扉。隔てられているものに触れることで、この魔法の効果を使用することができる。
部屋の中には結構な数の人間がいるようだ。流石にどういう立場の人間がいるのかはわからないけど、恐らく王族に一部貴族。そして、護衛やお世話などで数名の使用人がいるのだろう。
たった二人のためにここまでの大人数が足を運ぶとは。
『おぉー!よくぞまいられた。聖女殿、勇者殿!私はこのフィデースの現国王、エムルシャと申します』
『あ、えっと。木野美遥です』
『来栖拓也です』
アンジュの名前は、彼女の前世の名前。ハーヴェの名前は、私の友人の弟の名前を使わせてもらってる。
あまり聞きなれない、言いなれない文字並びで少しハーヴェも苦戦していたけど、当日までに完璧にしたのは本当にさすがだ。
『遥様と拓也様ですね。本日は我が国に来ていただき感謝しております』
『休みの間、お世話になります』
『いえいえそんな。休みの間と言わず、ずっといてください。不自由はさせませんので』
発言がヤバすぎる。というか、完全に返す気ないなこいつら。
まぁ、聖女や勇者に会うために魔王を作ろうとしてる輩だし、当たり前といえば当たり前なのかもしれない。
ん?そういえば今更だけど聖女と勇者がいるのであれば、例の魔王を作るってのは必要ないのでは?
そうだよ。ということは、このままいけば計画は白紙になる。二人がどうにか言いくるめれば、できそうな気がするな。聖女と勇者の言うことなら聞くだろう。
『それで、ミセリアの友人として来てくださったところ申し訳ないのですが、実はお二人にお願いがあるのです』
『お願い、ですか?』
『はい。実は、この王城の地下に魔族たちが蔓延っているのです。今は我が国の優秀な魔法師たちが外に出ないようにしているのですが、是非ともお二人にご協力していただきたいのです』
は?何言ってんだこの国王。
魔族が蔓延ってんのはお前らが魔法で送り込んできてるからだろ!
それをさも困ってますと言わんばかりに!
『もちろん、助けていただけましたら感謝の気持ちとして、お二人の願いをなんでも叶えて差し上げます』
『……わ、私なんかにそんなことできるでしょうか?』
『……僕もです。戦いなんて今までやったこともありませんし』
『問題ありません。なんと言っても、お二人は聖女で勇者なのですから!絶対に魔物を倒すことができます』
価値観の押し付け。できて当たり前と言う認識の固定化。
あんな父親に洗脳まがいに偏った考えを教え込まれたらミセリアだってあぁなって当然だ。
まさに鳥の雛の刷り込みだ。
『すぐにというわけではありません。我々の方でも準備がございますので、準備が出来次第、お二人にお願いするつもりです。それまでに、心の準備の程をお願いいたします』
私はそのまま扉から手を離し、その場を後にした。