144話:愛娘
作戦会議が終わった後、気分転換でお城の中を歩いていた。
昨日の夜、ハーヴェといった庭園。大浴場の入り口、訓練場ではルヴィーとハーヴェが混ざって特訓してた。アンジュは、書庫で調べ物をするといっていたな。ミセリアも、何かできなかとこもって魔法の研究をしているそうだ。
「トレーフル殿」
一人、特にやることがない私に声をかけてきたのは雨龍様だった。
村正さんやそのほか部下の人はそばに居なくて、私と一緒で一人のようだった。
「お散歩ですかな」
「はい。すみません、歩き回って」
「構いません。よければ、少し付き合ってくださいませんか?」
「ん?はい、いいですよ」
そう言われ、私は雨龍様の後をついて行った。
案内されたのはとある部屋だった。
客間とは違い、装飾品が多くあり、戸棚にはぬいぐるみや写真が立てかけられていた。
「娘の部屋です」
「娘……というと、いなくなった羽衣華様のお部屋ですか?」
「えぇ。いなくなってから、毎日のようにきてるんです。この扉を開けたら、あの子が笑いながら私のそばに駆け寄ってくるのではないかと」
彼が手にしている写真を覗き込む。
写真に映るのは3人。
左側に雨龍様が、右側には綺麗な女性。奥様だろうか。そして、真ん中には無邪気な笑みを浮かべる、母親と同じ綺麗な黒髪の少女。彼女がきっと、羽衣華様なのだろう。
「あの子は……元気にしているだろうか……何か事件に巻き込まれてないだろうか」
「雨龍様……」
私がいるのも気にせず、彼はこの国の王としてではなく、一人の父親として涙を流していた。私がそんな姿を見ていいのかわからなかったけど、私は黙って彼の姿を見つめた。
悲しげな背中。こんなにも愛されていて、羽衣華様が羨ましいな……。
「ぇ……」
どうして羨ましいと思ったのだろう。
今の両親からの愛情はしっかりと受けている。むしろ、雨龍様のように、きっと今まで私が無茶なことをしている時、こんなふうに心配してくれていただろう。なのにどうして、私は羨ましいと……
――― バカなことを言うな!そんなものになっても成功する保証などない!
あぁそうか。これは梓楓としての感情なのだろう。
あの父の姿を思い出したから、私はきっと羨ましいと思ったんだ。
ハーヴェに前世の話してから、たまに感情が混ざることがある。今回もそうだ。どっちも私なのに……いや、今の私はトレーフル・グリーンライト。もう、梓楓ではない。
「申し訳ない、情けないところを見せてしまって」
「いえ、そんなことありません」
彼女も私だけど、あくまでも今は今だ。あまり過去の感情に引っ張られないようにしないと。
今私が生きているのは、この世界なのだから。
「あまりここに長居するのも良くない。そういえば、トレーフル殿は女性でありながら剣術の心得があるのだったな」
「え!誰からそれを!?」
「よければ私とも、一戦相手をしてくれないだろうか」
「あはは、ご冗談を……」