137話:東の大国、桜華
目を覚ました時、もう桜華に着く直前だった。
随分と寝てしまっていたみたいで、私以外のみんなはすでに起きていた。
どうして起こしてくれなかったのか聞くと、ハーヴェが寝かせてあげて欲しいと頼んだみたいだった。
起きて身支度を整えて彼と顔を合わせた時、昨夜のことを思い出して少し居た堪れない気持ちになってしまった。
そんな私とは裏腹に、ハーヴェはいつも通りだった。昨夜あれだけのことがあったっていうのに。
「トレーフル様みてください!」
甲板に出て桜華の街並みを見れば圧巻だった。
もう夏も近いというのに、桜が満開に咲いていた。何かの魔法で枯れないようにしているのか、それとも私たちが知ってる桜とは異なる品種なのだろうか。何はともあれ、とても美しい光景だ。
港に船が付き、私たちと同様にここを目的地としていた乗客たちが次々と降りていく。
せっかく来たから街の中を観光したいのだけれど、お城から使いの人が来るそうだから、観光はまた後日。
「お待ちしておりました、ルーヴィフィルド・サージェント殿下」
私たちに声をかけてきた3人の男性。その中の一人、ルヴィーに挨拶をした男性は他の二人とは違い、少し派手な着物を着ており、腰には少し大きめ、太刀ぐらいかな?刀が収められていた。
「自分は、村正と申します。我が主人の名により、皆様をお向かいに上がりました」
「あぁ。急な訪問、申し訳ないな。しばらく世話になる」
「いえ。城で主がお待ちです。ご案内いたします」
彼らの主。つまりこの国の王様がいるお城には、街の中を通る必要がある。
寄ることはできないけど、見覚えのあるものがたくさんあって感動でしかない。
アンジュも同じようで、大興奮だ。
「あんみつにたい焼き。あぁ、自国にもここの品々はありましたが、やはり本場は違いますね」
「そうだね。桜もあったし、やっぱり日本の影響が強いね」
「着物とか着れますかね」
「頼めば着せてもらえるんじゃない。アンジュ似合いそう」
「……それは、胸が小さいからですか?」
「あぁ……そういうわけじゃないよ」
やばい、地雷踏んだか?まぁ何はともあれ、折角きたんだから満喫したいって気持ちは確かにある。
でもその前に、やるべきことをやらなければいけない。
今日は、その第一歩だ。
お城は、まさに歴史の教科書だったり観光地でよく見かけるような、あのお城だった。現代日本では、誰も住むことのない作りの家。
たくさんの使用人たちが私たちを出迎え、荷物を預かってくれ、そのまま私たちは村正さんに連れられて、この国の主の部屋へと足を運んだ。
「長旅お疲れ様です。ようこそ桜華へ、ルーヴィフィルド殿下。そして、ご友人方々」
やや茶色の混じった黒髪に黒い瞳。絢爛豪華な着物を身に纏った男性は、優しげな笑みを浮かべていた。
「私はこの国、桜華の主、雨龍と申します。初めてこの国に来られたとお聞きしてます。休暇中、是非ともこの国を満喫してください」
「はい、しばらくの間お世話になります」
さて、表向きのやりとりはここまで。
しばらくすれば、雨龍様が一部の使用人以外を下がらせ、「それでは」と口を開く。
瞬間、さっきまでのにこやかな笑みから一変、真剣な表情を浮かべた。
それは、他国の人間を歓迎しているというよりも、警戒しているというような顔だった。