127話:ただの人
蠱毒壺。
前世にもあった呪術の一つだ。
壺の中に毒蛇や毒虫を入れて蓋をし、中で蛇や虫たちがたべあい……殺し合い、残った一匹が最強で、強い呪いを持ってると言われている。
「今回の魔王作成も、それを応用したものです」
「つまり、壺……ではないけど何かしらの中に魔物をいれて殺し合いをさせて、残った一匹が最強……つまり魔王ってこと?」
「はい。そうなります」
となると、最終的に面倒なのが出来上がりそうだな。下手したら、状態異常系全て聞かなかったり、物理攻撃も魔法攻撃も効かない、完全チートな魔王が出来上がる可能性もある。
これは、本格的に大きな問題になりそうだ。
「うん、やっぱりその計画はどうにか阻止しないとだね。下手したら誰も殺せないものが出来上がる可能性がある」
「はい。俺もそう思います」
「ミセリアは、まだ納得できない?」
話はほとんど私とヘルガがしていたが、さすがにずっと彼を無視するわけにもいかない。
話の間、彼はずっと俯いていた。考えていたのか、それともただいいじけているのかわからない。でも、ことは一刻を争うほどに大きな問題だ。
「しっ、かり、しーろっ!」
「ぐっ!」
服を勢いよく引っ張り、勢いよくミセリアの頭に私の頭を落ち着けた。
額がジンジンする。めっちゃ痛い。けど、そんなのはどうでもいい。
「いい!ミセリア。これは完全に私個人の感想。捉え方はミセリアによるけど、はっきり言って聖女も勇者も信仰するような存在じゃない!」
「ぅ……」
「いい!聖女も勇者もただの人間!死ねば終わりの私たちと同じ脆い生き物なの!神でも天使でもなんでもないの!」
怒鳴るように、若干早口気味行ったせいで少し息が上がった。
ミセリアは俯いたままぴくりともしない。お、なんだ。もう一発頭突きが必要か?
「俺たちと同じ、脆い、生き物……」
「……えぇ。召喚されるまでは、普通に生活をしていた。家族がいて、友達がいて、戦争なんてなくて、魔法もなくて、魔物もいない世界にいた普通の女の子と男の子」
そんな子が、途端に危険な世界に召喚され、危険な使命を押し付けられる。
喜ぶ人もいるだろう。自分が特別だからと。でもきっと、死を目前にしたら普通の人間と変わらない、死にたくないと強く懇願するだろう。それが当たり前。聖女も勇者も、私たちと何一つ変わらなくて、強いていうなら可哀想な存在なのだ。
「俺にとって聖女や勇者は小さい頃からの憧れで、特別だった……」
「……うん」
「父上も兄上も、聖女や勇者は特別だって。英雄だって……だから……」
彼にとっては、聖女や勇者を信仰することは当たり前で、聖女や勇者を再びこの地に召喚することも、大切なことだと思っていたんだろう。
それが今、完全に壊れてしまって、きっとどうすればいいかわからなくなってるんだろうな。
「ねぇミセリア、魔法は好き?」
「え?」
「魔法は、好き?」
「……うん。好きだよ」
「聖女と勇者、それから魔法どれが好き?」
「それは……」
前者を即答するかと思ったけど、ちょっとだけ予想外だったけど、彼は少し間を開けて小さな声で答えた。
「魔法」
「……うん。そっか。じゃあさ、全部終わったら一緒に何か魔法を作ろうよ」
「え?」
「世界滅亡の危機とかじゃなくて、みんなが幸せになれる魔法。ね、ヘルガ」
私が急に話を振って驚きはしたが、ヘルガは小さな声で返事をし、ミセリアの方を見た。
「俺は、魔法について調べたり、新しい魔法を覚えたときのミセリアの顔が好きです。だって、そのときのミセリアは本当のミセリアだと感じるので」
「ヘルガ……」
「ミセリア。俺は母さんのためにもお前を守る義務がある。でも、今この瞬間。兄として俺はお前を止める」
ガッとヘルガはミセリアの肩を掴み、今にも泣き出しそうな顔をした。
従者として、今まで彼の指示に従ったけど、今この瞬間、ヘルガは弟を心配する兄の顔をしていた。
「お前がやろうとしることは間違っている。お前が聖女や勇者に憧れてるのは知っている。でも!トレーフル様が言ったみたいに彼らも人間だ。俺たちと同じ、人間なんだよ!」
「ヘル、ガ……」
「頼むミセリア!俺は、大事な、たった一人の弟を失いたくない!正直、国にいるよりもここにいるお前はお前だった。俺はそれが嬉しかったんだ!」
「……俺は……」
「ミセリア!」
そのままヘルガは力強くミセリアを抱きしめた。
それ以上の言葉はなかった。だけど、彼の気持ちが伝わったのか、ミセリアは込み上がる感情に顔を歪ませ、最終的には幼い子供のようにわんわん泣き始めた。ヘルガも、声はあげなかったけど泣いていた。
私はそんな二人が泣き止むまで、黙って見つめていた。
さて、とりあえずこっちはまとまった。
そして今後について。
ことは世界滅亡を脅かすこと。本来であれば陛下やお父様に相談して軍を動かしたりなんたりしないとだけど、下手に大きく動いてしまうと他国に「何事だ!?」「まさか我が国に攻め入って!?」となってしまう。
となると、まずは身近な人間に相談してから、陛下やお父様に伝えるべきだな。