124話:留学の理由1
入学前に、ルヴィーたちと留学には何か理由があるから警戒するように言われていた。
でも、一緒に過ごす中で彼が何か企んでここにきたとは思えない程に、彼は魔法への探究心が強かった。
信じたかった。でも、やっぱりそうであってほしいというのは幻想であり、妄想でしかない。現実なんて、案外単純で、結果は最初から見えていたのかもしれない。
「手荒な真似をしたことは謝ります。こうでもしないと、貴女と話すことができなかったので」
「そんなことないよ。今までだって話す機会はあった」
「いえ。人目もありましたし、なにより貴女のそばには常に、ルーヴィフィルド王子とシルビア様がいましたから」
ゆっくりと私の方に近づいてくるミセリア。こんな状態で何もしてこないはずもない。私はすぐにアニーを庇うように前に出て、いつでも魔法を発動できるように構えた。
だけど、私が予想していたものとは違い、ミセリアは私の前で跪いた。
「やっと、貴女とお話しすることができます。聖女様」
歓喜の目。私は、その目をその昔に見た。
あの、天使信仰の神官、ロザリーとその信者たちと同じ目だ。
なんで、ミセリアがそんな目を……
「そっか……ミセリア、貴女も狂信者なのね」
彼の国は、特に聖女や勇者に対する信仰が深い。聖女と勇者は、歴史書を読んだところ、私と同じ日本出身の男女だろう。そのせいか、黒髪黒目の人間を特別視しているところがある。
ミセリアも、本来は濃い紫色の髪色みたいだけど、黒く染めているのは信仰心の現れなのかもしれない。
「ミセリア、どうして私を聖女と呼ぶの?それと、今回のアニーの誘拐はどう関係するの」
「はい、説明します。ヘルガ、テーブルの準備を」
「かしこまりました」
前にお茶会で見たきりのミセリアの従者は、指示に従いテキパキとテーブルと椅子を用意する。倉庫の中だから上等なものではないけど、まぁ話すだけなら問題ない。
「すみません。本当であれば、もっと素晴らしい席を用意したかったのですが」
「……ねぇ、ミセリア。その話し方やめて」
「え」
「いつも……いや、前の話し方に戻して。今の貴方は私の知ってるミセリアじゃなくて……ミセリアの姿をした何かと話してる気分なの」
いや、実際本当にミセリア本人なのかも疑わしく感じてしまう。それぐらい、以前の彼とは全く違っていた。
今の彼は、まさしくあの天使信仰の信者たちと同じだった。
「……ごめん、少し気持ちが前のめりになっていた。トレーフル様……トレーフルがこっちの方がいいならそうする」
まるでスイッチが切り替わったように、私の知っているミセリアになった。ただ、それもまた変に違和感を感じてしまう。本当に彼なのか、彼に模倣した何かではないか。
「それで、回りくどいのは、トレーフルは嫌いだと思うから、結論から言うよ」
ミセリアは、ゆっくりと私に向かってにこやかに笑みを浮かべる。
今日はやたらと彼の赤い瞳がチラチラと見える。普段の猫背がなくなって、姿勢が良くなっているせいだろうか。
「レインウィークに、俺の国に来てほしいんだ」
「……なぜ?」
「理由と事情はしっかりと説明する。その前に、まず謝罪をさせてほしい」
「謝罪?」
「うん。3つほど」
そう言って、彼が告げた3つの謝罪。
1つ目。討伐試験で起きたアンデットドラゴン召喚。あれはミセリアの仕業だったらしい。どうしてそんなことをしたのかは後で話すそうだけど、彼が使用した魔道具は魔物を召喚するものではあるが、何が召喚されるかは分からないそうだ。ランダムで召喚されたのがまさかアンデンドットドラゴンだとは思わなかったそうだ。
次に2つ目。これは昨日の出来事。つまり、ナターシャ先輩のお茶会だ。彼女に毒薬を渡したのはミセリアらしく、効果自体は死に至らしめるものではなく、どちらかといえば麻痺に近いもので、動けなくなった私を連れ去るのが目的だったそうだ。
そして3つ目が今この状況。アニーの誘拐。
「それで、理由は聞かせてくれるんでしょ?まぁ、大方国に来てほしい理由と関係あるだろうけど」
「うん。まず、僕がこの国に来たのは聖女を探すためなんだ」
「聖女?」
「うん。少し長くなるけど、今俺の国の事情をトレーフルに話すよ。謝罪の意味も込めて」