121話:毒林檎はただの林檎(?視点)
「どういうことよ!!」
人気のない渡り廊下。ナターシャ・メフィストは手にしていた小瓶は地面に叩きつけた。
「ちゃんと紅茶に混ぜたのにピンピンしてるじゃない!」
「毒が効かない体質……彼女はそういったんですね」
彼女の向かいにいる青年は、考えるようにそう尋ねる。だけど、ナターシャはそんなことどうでもいいというように、ただただショックと怒りを抱いていた。
想い人はすでに結婚して子供までいて、年下に自分の魔法を防がれあんな態度を取られ、彼女の感情もプライドもボロボロだった。
「あの子が死ねば、先生の隣は私になれたのに」
「いえ、別に彼女がいようといまいと状況は変わらないでしょ」
「なんですって……」
「だって、バイエルン先生は赴任前から結婚されていましたし、相手は当然トレーフル様じゃない。なら、彼女が特別授業を受けて親密になっても、あくまで生徒と教師の関係で、あなたが求めるような関係にはなりませんよ」
「そんなのわからないじゃっ」
「いい加減現実を見たらどうですか?」
青年の声に、わずかな苛立ちが含まれる。
青年はあのお茶会が始まる前に彼女と接触をした。言葉巧みに彼女を誘導し、毒薬をトレーフルに使わせようとした。毒は即効性はあるが強いものではない。せいぜい動けないようにするだけのものだった。
しかし、彼女にはその薬が効かない。ナターシャが本人から聞いたように、本当に毒物が効かないのであれば、他の方法を考えなければいけなかった。
「もう用はないですよね、僕はいきます」
「ちょっと!待ちなさい」
「あぁ僕のことは探さないほうがいいですよ。あなたと会ってるこの姿は変身魔法で姿を変えているので」
青年はにっこりと笑みを浮かべると、彼女に手を振りその場を後にした。
しばらくして、青年の歩くスピードは速くなり、自身の爪を噛む。
さっきの苛立ちは確かにナターシャに向けてだが、今はうまくいかないことに対しての苛立ちだった。
どうしたらいいのか。いっそ正面突破をするか。
いや、彼女のそばには余計な人間がいる。必要なのはトレーフルのみ。どうすれば……。
「……あぁそうだ。うん、そうだ、そうしよう」
ぴたりと足を止め、不適な笑みを浮かべる青年は、その場で変身魔法を解いた。
「ヘルガ」
「はい」
青年の横、暗闇から姿を現した執事服の男は軽く一礼をする。
そんな彼に、青年……ミセリアは満面の笑みを浮かべた。
「君に頼みたいことがあるんだ」