117話:おまじない
ハーヴェの案内でやってきたお店は、確かにさっきの場所から近かったけど、結構入り組んだところにひっそりとある感じだった。
なんていうか、知る人ぞ知るお店って感じ。
お店の中に入った瞬間、とてもいい香りがする。ただ、普通の紅茶よりは、薬草感が強い感じがするな。
「おや、お若いカップルがこんなお店に来るだなんて。何かお探しかな」
「あ、えっとですね……」
私はメモ用紙を取り出して店主らしき女性に欲しいものを伝えた。
あの色が変わる紅茶はもちろんだけど、先生には他にいろいろな紅茶を教えてもらった。
味はもちろんだけど、どういう効果があるのか、どこに生息してるのかなど色々。
育てやすいものがあれば、部屋で少しだけでも育ててみようと思っている。
「なんだい、あんたら学園の生徒さんか。じゃあ、バイエルンの坊やの教え子か」
「店主さん、先生のお知り合いですか?」
「あぁ。たまにウチにも来るよ。あの子ほどじゃないけど、私も薬草には目がなくてね。情報交換をしてるんだよ」
へぇー。まぁこのお店を教えてくれたのも先生だし、不思議ではないかな。
店主さんは、私が買い求めているものを、カウンターから出て一つ一つ丁寧に教えてくれた。それ以外にも、おすすめのものだったり、似たような種類でこっちの方が飲みやすいとかってのも教えてくれた。
「店主さん、これはなんですか?」
完全に店主さんとマンツーマンで買い物していた私は、ハーヴェのことすっかりを忘れていた。表情は特に気にしていなく、どちらかといえば、壁に貼られているそれを興味深そうに尋ねていた。
「あぁ、それはおまじないだよ」
「おまじない?」
「北の小さな集落の風習なんじゃよ。互いに愛し合った二人が、相手と同じ髪色の水を飲むことで、永遠に結ばれるというものじゃ」
「水、ですか?」
「当時はまだ、紅茶や薬草茶といった言葉がなかったからね。そういうのをロマンチックに思って、買いに来る客も少なくないんじゃ。あぁ、バイエルンの坊やも、年に一度これにならって紅茶を買いにくるのう」
「年に一回……もしかして、結婚記念日ですかね」
「ほっほっほ。そのようじゃよ」
「え、先生って結婚してるの?」
とはいえ、そういうちょっとした風習というのは少なからずどこにでもあるんだな。
相手の髪色と同じ紅茶を飲む……相手と一つになるって意味があったりするのかな?そう聞くと、確かに「お呪い」だな。
「……店主さん。黄緑のものはありますか?」
「おや、この嬢ちゃんは恋人ではないのか?」
「婚約者ですよ。愛してやまない。ただ、今は変装して元の色じゃないんです」
私の髪と、自分の髪に触れながらそう説明するハーヴェに対し、店主さんは何か悟ったのか。「なるほど」といって、お店の奥へと引っ込んでいってしまった。
「おまじないに興味が?」
「そうだね。ちょっとロマンチックに感じて」
「その流れだと、私は青みがかった黒いものを口にしないとだよね」
「そういのあるかな?」
いや、流石に黒い紅茶はないでしょう……いや、あったりするのかな?まぁそこは店主さんに聞いてみないと。
「待たせたね。これなんてどうだい」
カウンターに出されたのは、球根のようなものだった。
もしかしてくれって……
「南の方でよく飲まれているものじゃ。王族や貴族たちが、その美しさから好んで飲んでおる」
カウンター下から出されたカップに球根のようなそれを入れ、そのままお湯を注ぐ。
お湯は黄緑色に染まり、同時にその球根から白い花が咲いた。
「わ、面白いですね」
「飲んでみるかね」
そう言われ、差し出された紅茶をハーヴェは一口口にした。
工芸茶かな?でも、この世界にそもそもこういうのを作る人っているのかな?
天然物?
「美味しいですね。ちょっと苦味はありますが、それがまた良くて」
「東の国でよく飲まれているんじゃ。お嬢さんも飲むかね」
「いただきます」
私も一口もらった。
口に入れた瞬間、飲み慣れた感覚がした。これ、味がすごく緑茶に似てる。
わぁ、なんか懐かしいなぁ。
「こういう仕組みじゃから、観賞用の紅茶とされてるが、味はもちろんよい。じゃから、深く熱に強いガラス細工のポットに注いで、花を見ながら飲むんじゃ」
へぇ。まさしく工芸茶って感じだな。この世界にもこういうのあるんだ。元の設定に入れる予定はなかったけど、こうして似たようなのがあるとちょっと前世を思い出しちゃうな。
「店には後三つある。買うかい?」
「それじゃあ一つもらいます」
「毎度。それで、おまえさん髪色は?おまじないをするならお嬢さんも買わないとだろ?」
「やっぱり、店主さんもそう思いますか?」
ということで、結果としてハーヴェの元の髪色と同じ紅茶を買うことになった。まさか本当にあるとは思わなかったけど。