112話:いつか0に
ずいぶんと驚いてるようだけど、てっきりばれているものかと思っていた。
あえてペンネームにひねりを出さず、自分の名前を分割して「トル・レーフ」という名前で本を出した。実際、ルヴィーにも「隠す気あるのか?」と言われた。
だからてっきりばれていると思ったのに、目の前の令嬢たちは驚いている。
そういえば、本の登場人物であるキリクとアンジュのところには人が集まっていたのに、私のところには誰も来なかったな。てっきり、公爵令嬢という立場だからと思っていたけど、もしかして意外にもばれていなかった?
「と、トレーフル様が、あのトル・レーフ様?」
「そう。で、内容はアンジュとキリク両方から実際に聞いた。で、後半の最後の方。再会した場面は文字通り、私が二人を引き合わせた」
「じゃ、じゃあ本当にあの本の内容は実話」
「嘘ではなく?」
ジェニット様以外の令嬢はコソコソキャッキャと話してる。しかし、ジェニット様だけが納得していないようだった。
まぁ彼女にとっては本の内容が嘘だろうと事実だろうと関係ないだろうけど。
「ジェニット様。私は貴女を咎めるつもりはありません。ただ、今後アンジュに手を出さないでください。いや、失礼。言い方を間違えました」
にっこりと笑みを浮かべ。私彼女の手を握る。
痛いほどに力を込めて。
「いっ」
「令嬢。学園では身分は関係ありません。しかし、だからと言って子爵令嬢が伯爵令嬢をいじめるなんてあっていいと思いですか?」
「ぅ……脅し、ですか?」
「そう受け取っていただいて構いません。今は学園が守ってくれますが、学園を卒業すれば貴女は子爵令嬢。つまり、アンジュが、私がここでのことを口にすれば、学生ではないあなたはどうなるでしょう」
学園内での学生同士のいざこざだったかもしれない。でも、いじめがあったことは事実で、身分が関係ないとは言え子爵令嬢が高位の伯爵令嬢をいじめていたとなれば、きっと彼女は将来的にもらいてがなくなることだろう。
「アンジュをいじめて将来を潰すのと、良き生徒として振る舞っていい将来を手にするの、どちらがよろしいですか?」
耳元でそう囁き、私はパッと手を離した。
ジェニット様はそのままその場に座り込み、ガタガタと震えていた。
ちょっとやりすぎたかな?いや、妥当な対応だろう。本当はもうちょっと怖い思いさせようと思ったけど、授業をサボるわけにはいかないしね。
「それでは皆様失礼します。今後とも、良い学園生活を送りましょう」
アンジュの手を取り、私はその場を後にした。
当初の予定通り、私はお昼の籠をイルミナティ先生に渡し、バイエルン先生と体質実験の相談をした。相談中、アンジュには廊下に出ていてもらった。
なんとか午後の授業が間に合いそうな時間に相談が終わり、今はアンジュと一緒に教室に向かっている。
「ごめんねアンジュ。すぐにでも助けるべきだったのに」
「いえ、そんな。むしろ、助けていただいて」
「いいのいいの。流石に暴力は大ごとになりすぎるからね」
笑って私はそう言ったけど、アンジュの手は少し震えていた。
本人もわかっていたことだったろう。学園に入学すればあんなことがあると。
でも、想像と実体験では感じ方が違う。実体験の方が想像より怖いに決まっている。
「ごめんねアンジュ。いつかあんなことがないようにするから」
「いえ、そんな。0になるとは思いません。むしろ、入学してあれが初めてだったんです。本編では今の時点で10回は呼び出されてましたから」
死後の私の作品どうなってんだ。アンジュいじめすぎだろ。
まぁそれを読んだからこそ、今回の1回がこれからの10回の始まりと思って怖いのかもしれない。でも、私はそこまでアンジュは弱いと思ってない。
だって、あの時のアンジュはすごく堂々としていた。怖がっているとは全然思えなかった。
「よし、じゃあ私が言葉のレパートリーを増やそうじゃないか」
「レパートリーですか?」
「そう。言葉を操ることで自分を有利にすることもできる。情報と言葉選びは大事だからね。今後のために教えよう」
「……光栄です」
先程まで不安げだった顔は消え、アンジュの顔から笑顔が浮かんだ。
うん、やっぱり女の子は笑顔が一番。