第四章〜㉑〜
9月1日(水)天候・くもり
長かった夏休みが終了したーーーーーー。
日付が変わり、夏休み期間中に限り有効だった小嶋夏海と交わした《契約書》も、期限切れを迎えた。
昨夜は、ほとんど眠ることが出来ず、先週末の通話アプリによる中嶋由香との会話が終わってからも、
「自分はどうするべきなのだろうかーーーーーー」
と、あれこれ考えてみたが、結局、答えをだせないまま、新学期の始業式の日を迎えてしまった。
中嶋が、興味本位ではなく、自分たちのことを考えてくれていることは伝わったし、自分の背中を押してくれたことを嬉しく感じてはいるのたが……。
(離れる間際の今さらになって、想いを伝えたところで……)
という気持ちと、
(小嶋夏海に自分の想いを拒絶されたら……)
という恐怖心が、頭から離れず、なにより、
(新しい場所での生活を始める彼女には、告白されるなど負担になるだけではないか……)
そんな想いが、頭をもたげ、自分の気持ちを伝えるということをためらわせる。
いや、最後の理由は、相手を気遣うふりをした、自分の勇気の無さの言い訳かも知れない。
だが、数週間とはいえ、毎日のように頻繁に会っていた実験のパートナーの気持ちをないがしろにしている訳ではなくーーーーーー。
などど、日曜日の午後から、堂々巡りの思考のループに陥り、気がつくと、決心がつかないまま、小嶋夏海が、自分たちのもとを離れる日になってしまった。
新学期の前日だというのに、昨夜も、なかなか眠りにつけず、気を紛らわすために触っていたスマホを眺めながら寝落ちして、目が覚めると、目覚ましアラームの鳴る数分前になっていた。
ただでさえ気分の重くなる始業式の日に、自分が向き合うべき現実と寝不足という、心身両面でのコンディション不良で、鉛のように重くなった身体を無理やりベッドから引き剥がし、リビングへ向かう。
(いまのこの状態で、クラスの連中に会った時、何を話そう……)
夏休み明けの教室のようすを想像しながら、沈んだ気分のまま朝食を取ることになった。
※
気分転換もままならないまま、重い足取りで通学路を踏破し、教室に入ると、クラスメート達は、それぞれ親しいグループに別れて、夏休みの近況報告に勤しんでいる。
窓側最後方という、これ以上ない特等席である自分の机に向かうと、早速、二つ前の席の主である悪友が話し掛けてきた。
「おつかれ、ナツキ! 週末は、ホントにサンキューな! おかげで、イベントの少なかった夏の最後に、最高の思い出ができたわ!それで……あとで、ちょっと、報告というか、話しておきたいことがあるんだが……始業式が終わった放課後、ちょっと、話せるか?」
最初は、いつものように屈託のない笑顔で話していた康之が、最後は、妙に神妙な面持ちで語る。
意外なことのように思えたが、放課後に予定ができるのであれば、余計なことを考えなくて済む。渡りに舟、ということで、
「あぁ、いいぜ! 親友のために、たっぷり時間を取ってやるよ!」
快諾して、そう答えると、
「サンキュー! 花火大会のお礼に、今日の昼は、奢らせてもらうわ! ナツキには、聞いておいてもらいたい話しになるしな」
康之は、そう言って、また快活に笑った。
その会話が終わるのと、ほぼ同じタイミングで、担任教師の七尾が教室に入ってくる。
まだ、決断ができていない段階で、中嶋由香と会話をせずに済んだことを安堵しつつ、主が不在になったままの一つ後ろの定位置の座席に腰を落ち着けた。
新学期も夏休み前と変わらない雰囲気の担任は、教室内を見渡し、
「今日から二学期だが、全員出席しているな〜」
と、確認を取る。
それを聞いた、窓際列の前から二番目に座る大嶋裕美子から、
「先生、ナツミがまだ来てませ〜ん!」
と、声が上がる。
その声に、思わず身体がビクリ、と反応する。
そして、無意識のうちに、二列離れた右斜め前方の中嶋由香の反応をうかがうと、彼女も気まずそうに、こちらの方を見ていた。
さらに、ややバツの悪そうな表情で、
「あ〜、小嶋は、家庭の事情で転校することになった……」
と言い放った一言で、教室内は、一気にザワついた。
先ほど、声を上げた大嶋は、「えっ!?」と絶句したあと、彼女の前方に座る哲夫と顔を見合わせ、
「聞いてないんだけど……」
と、つぶやき、列を挟んで彼女の右手側に座る中嶋由香の方を向き、次いで、振り返って、同じ列の最後尾に座るこちらのようすをうかがった。




