第四章〜⑯〜
友人や両親をはじめ、周囲の人たちが大輪の華に照らされる夜空を見上げている間、夜陰にまぎれて、小嶋夏海とオレは、空を彩る花火の方向を頼りに、打ち上げ場所を目指して駆ける。
ひたすら、打ち上げ場所に近づくことを目指しながら、オレは、父親にこの花火観賞について聞かされた日のことを思い出していた。
あの日、興味がわいて、個人で依頼する打ち上げ花火が、どんなモノなのか、打ち上げ可能な花火の大きさや形、費用などをスマホで色々と調べてわかったことがある。
これまでに述べたように、先ほどまで打ち上げられていたキャラクターものの花火と異なり、大輪の華を咲かせるタイプの花火は、爆発時の火薬が球形かつ同心円状に放射されるため、どこから見ても、丸く見える設計になっている。
そのため、真下から見上げても、大きな華が咲くタイプの花火は、丸く見えるハズなのだ。
しかし、その実態はと言うと、花火の打ち上げ現場は、火薬が生み出す凄まじい轟音と爆煙、そして頭上から落下してくる花火の燃えカスによって、とても上空を見上げられるような状態にはなく、観賞に適した場所とは絶対に言えない状況になるそうだ。
ネットの検索結果から、動画サイトにアップロードされている『下から見た花火』というタイトルの動画を閲覧すると、この説明に、誰もが納得するだろう。
このように、打ち上げ花火を行う際には、観客の安全を守るために、立ち入り禁止エリアとなる保安距離が設けられており、その距離は、「打ち上げられる花火の種類=(玉の大きさ)」によって、決められている。
以上のことから、小嶋夏海の母親が、「打ち上げ花火を真下から見た」という話しは、にわかに信じがたいところがある……。
だがーーーーーー。
それでも、真相の追及よりも、いまは、目の前の花火をなるべく真下に近い場所から見た場合、どんな風に見えるのか、この目で確認することの方が大切だ!
打ち上げ花火について、個人的に調べたことを思い出しながら、夏休み限定のパートナーと、最後になると思われる実験観察の確認に期待に胸を高鳴らせて、打ち上げ現場の方向を目指す。
個人で打ち上げ花火を依頼する場合、最大級のモノは、四号玉と呼ばれる直径十二センチの大きさで、二◯◯メートルの高さまで打ち上げられるということで、この規模の花火を使用する場合、保安距離は、おおむね一一◯メートル程度に設定されるそうだ。
観賞会場となっているバーベキュー・フィールドを囲うように生茂る林を抜け、視界が開けたところに、立ち入り禁止を示す規制線が張られていた。
「近づけるのは、ここまでみたいだな」
額から流れ落ちる汗をぬぐいながら、小嶋夏海に声を掛けると、
「そうだね……観察場所は、ここにしようか」
彼女は、そう言って、空を見上げる。
二人で、ここまで走ってくる数分の間にも、次々と花火は打ち上げられ、夜空を明るく彩っている。
真っ暗な空を照らす光の輪を見つめる彼女の切なげな表情を眺めていると、唐突に、
「あの人と違って、真下で見られないのは、残念だけど……私たちにしか見られない光景もある。そうだよね、坂井」
と、声を掛けられた。
突然のことに、少しうろたえつつ、
「あ、あぁ! そうだな……」
と、返答する。
こちらの答えに満足したのか、小嶋夏海は、微笑みながらうなずいた。
そんな風に会話を交わしている間にも、続々と光の珠が真っ暗な空を駆け上がり、轟音とともに閃光を放っている。
打ち上げの間隔は、段々と短くなり、十発近い花火が、時を置かずに空に放たれ、これまで以上に暗闇を照らし出す。
「どうやら、クライマックスが近づいてきたようだな。そろそろ、最後の実験といくか?」
木々の遮蔽物がないため、観賞会場となっているバーベキュー・フィールドで聞くよりも、さらにけたたましい、地鳴りのような音を感じつつ、実験のパートナーに問い掛けた。




