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第四章〜⑩〜

「あの……今日は、たくさんの人を招待されてるんじゃないかと思うんですけど……カワタさんは、どうして、この花火大会を企画してくれたんですか?」


 こちらの問いに、一瞬、何かを考えるような仕草を見せた、ソファーに浅く座る男性は、


「そうだな……」


と、一人言のように、一言つぶやいたあと、今度は、こちらへの問い掛けなのか、一人言なのか判断のつかない言葉を短く語る。


「我が家の子どもたちと年齢も近いし、ナツキくんにも聞いてもらおうか……」


 その言葉に反応するように、「はい」と、小さくうなずいたこちらの表情を見て、カワタさんは語りだした。


「いま、世の中は感染症で大変なことになっているけれど……二年前、僕は大病を患ってね。今年の春の終わりまで一年半近く、入院生活を送っていたんだ」


 自身の闘病生活の告白という思いがけない話しに、息をのみ、目の前の男性の顔を見つめる。数十分前の初対面の時に、「痩せ気味の男性だ」と感じた理由が理解できた。

 ジッと彼の目を見つめ、真剣に話しを聞かせてもらおうと言う意思が通じたのか、カワタさんは、語り続ける。


「家族のこと、仕事のこと、心配や不安になることはたくさんあったんだけど……病気と向き合うことで、世界中の人たちより、少しだけ早く、『自分が生きている意味』や『命の大切さ』を見つめ直すことができたんだ」


 一言一句を噛みしめるように話す語り口に、無言で相槌を打つ。


「去年からは、家族も頻繁に見舞いに来れる状態ではなくなってしまったから、病室の窓から一人で外の風景を眺めることが多くなったんだ……そうして過ごしながら、退院が近づいた今年の春、病院の庭の桜の花が満開になるのを眺めて、とても勇気づけられたんだ。それは、素晴らし風景だった。『時間を止めて、この風景をずっと目に焼き付けておきたい』と思うくらいね……」


 その言葉に、ハッとして、語り手の表情を見つめる。

 しかし、カワタさんは、こちらのようすを特に気にすることなく話し続けた。


「その時、考えたんだ。自分が、この桜の花に勇気づけられたように、感染症でつらい想いをしたり、楽しむことが出来なかった人たちに対して、『何か、出来ることはないかな』ってね。それで、思いついたのが、今日の花火観賞会だったというわけ。僕が病み上がりのせいで、出掛けることができずにいた我が家の子どもたちに、夏の思い出を作ってあげたい、という理由もあるんだけどね」


 最後は、照れたように頬を掻きながら微笑む表情は、優しい父親のものだった。


「そうだったんですね……貴重なお話しを聞かせてもらって、ありがとうございました」


 自分のような年齢の離れた人間にも、わかりやすい言葉で、真摯に語ってくれたカワタさんに対し、お礼の言葉が自然に口から出た。


「いやいや、自分の方こそ、つまらない身の上話しを聞いてもらって、ありがとうね」


 照れた表情のまま、目の前の男性は返答し、


「ウチの子どもたちも、今年は友達とアミューズメント・プールに行くくらいしか『夏休みの思い出』がなかったみたいだから、今日の花火を楽しみにしてくれているみたいだし、ナツキくんたちも一緒に楽しんで行ってね」


と、付け加える。

 自分たちと似た境遇の話しを聞き、オレは、微苦笑で答えた。


「僕たちも、『夏休みの思い出』と言えば、今日参加させてもらってる友人と先月の末にプールに行ったことくらいしかないので……今日の打ち上げ花火は、とても楽しみにしてます」


「そうなんだ。ウチの息子も、プールに行ったのは、七月終わりの週末だったんじゃないかな? 案外、近くで遊んでいたかも知れないね」


 こちらの返答に共感してくれたのか、カワタさんも笑顔で返してくれる。


「そうなんだ。ウチの息子も、プールに行ったのは、七月終わりの週末だったんじゃないかな?案外、近くで遊んでいたかも知れないね」


 彼の表情につられ、こちらも、「そうですね」と、顔をほころばせながら返事をした。

 そして、自身の今日の催しに対する想いを語ってくれた、父親と同世代の男性に思い切って質問をしてみる。


「あの……病気をされて、色々と考えられたカワタさんと比べると、小さな悩みで恥ずかしいんですが……人間関係のこと、受験のこと、将来のこと、感染症の影響で思い通りにならない毎日のこと……そんなことを考えて、落ち込んだり、悩んだりする日々から、どうすれば抜け出せますか? どうすれば、カワタさんみたいに、強い気持ちを持って、生きられますか?」


 普段は、友人や家族には聞けない想いを、知り合ったばかりの年の離れた男性にぶつけてみた。

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