第三章〜㉔〜
キジトラ猫が立ち去ったことで、本日の観察実験は終了となる。
実験(?)の前には、「目当ての猫と遭遇できるか?」「時間停止中に、猫を撫でることが出来るか?」「時間停止解除後に、噛みつかれたりしないか?」などなどの懸念があったのだが、キジトラ猫の気分を害することなく観察を終えることができたことは喜ばしい。
「あの音色には、猫を癒やす効果でもあるのかな……?」
実験のパートナーは、相変わらず、観察結果の考察を続けているがーーーーーー。
オレには、キジトラ猫が撫でられたあとに、急になつき始めたことについて、一つだけ思い当たるフシがあった。
一昨日、アミューズメント・プールで男子三人による哲学的考察を行っていた時のことを思い出す。
「時間停止している最中に蓄積された快感が、停止解除された途端にまとめて襲ってくる現象は、実際にあり得るのか?」
痴的……いや、知的好奇心にあふれる友人・岡村康之は、確かにこうたずねてきた。
無論、そんな描写は、マンガやビデオのフィクションの世界でのみ通用するネタと切って捨てることも可能ではあるが……。
人間に撫でられることが好きな猫が、さっきのような反応を示すなら、康之の呈した疑問について、検討の余地がある、ということになる。
しかし、この事象についての観察および実験を行うとなるとーーーーーー。
隣で思案顔を続ける実験のパートナーに目を向け、
(許可が降りるわけないよなぁ……)
と、密かにタメ息をつく。
近所の猫の観察結果をもとに、他人をこんな実験に巻き込むわけにはいかない。
もちろん、自分が人体実験の被験者として、名乗り出るという選択肢もないわけではないが、さすがに、五感に関係する検証については、遠慮を願いたかった。
そんなことを考えていると、彼女自身と同じく、こちらも今日の観察結果について考察していると思ったのか、
「ねぇ、坂井はどう思う?」
と、小嶋夏海は、コカリナと猫の関係についてたずねてきた。
「あっ、と……そうだな、オレは、この『時のコカリナ』の能力ではなくて、あのネコは、小嶋の撫で方が気持ち良かったから、なついたんだと思うゾ」
内心、少し焦りながらも、差し障りのない範囲で、自分の見解を述べる。
「う〜ん、そうなのかな〜?確かに、キジトラ模様の子は、ツンデレの傾向にある、って言われることが多いけど……」
彼女は、そこまで言ったあと、
「普段は無愛想だけど、心を許すと甘えてくるなんて、まるで、誰かサンみたいね……」
と、続けて言って、クスクスと笑った。
誰のことを言っているのだろうか?
小嶋夏海自身のことなら、夏休み前に、急に少女マンガの登場人物みたいにキャラ変をしたことがあったが、アレは完全に周囲を欺くためのフェイクだったし、『デレ』というのとは、少し違うしなーーーーーーなどと考える。
ともあれ、今の会話の流れで、彼女の暴走的考察は、ひとまず落ち着きを見せたようで、
「ネコとコカリナの関係は、また機会を作って、観察してみない?」
こんな提案をしてきた。
また、あのキジトラ猫に協力してもらうことになるかも知れないが、これくらいなら、問題はないだろう。
今後の予定に、新たな項目が増えたことを確認し、解散という流れになった。
「そうだ! ネコの性格について、坂井も知っておいた方が良いかもだし、参考になるネット記事をメッセージアプリで送っておくね。あと、ついでに昨日話してた記事も……」
彼女は、そう言ってから、公園の前にある自宅に戻って行った。
自分も、公園の反対側に置いてある自転車を取りにもどり、帰り道を急ぐことにした。




