第三章〜㉓〜
==========Time Out==========
甲高く鋭い音と耳鳴りを感じたあとに、草むらの猫に目をやると、獣の本能なのか、コカリナの音色に反応するかのように、こちら側に顔を向けている。
「もう! 音を鳴らしたら、あの子が驚くじゃない!?」
小嶋夏海は、抗議の声を上げたが、切り替えスイッチを使用する三十秒間の短時間停止では、十分に時間が取れないとの判断から、あえて音の鳴る長時間停止を選んだ。
高音のドの音階を選んだので、二分間は時間が止まっているハズだ。
「とにかく、あの子のそばに行こう!」
そう言って猫に向かって駆け出した彼女を追い、藤棚近くの草むらに向かう。
一足先にキジトラ猫の元にたどり着いた彼女は、猫の腹の側にしゃがみ込みながら、そのようすを観察している。
急に聞こてきた音に不思議そうな表情で反応し、固まったままの姿は、猫に愛着のない自分にも、どことなく愛らしく感じられる。
「ねぇ、撫でていいよね?」
猫への問い掛けなのか、こちらへの問い掛けなのか、判然としない質問を発したあと、彼女は、キジトラ猫の背中を毛並みに沿って、優しく撫で始めた。
「わ〜、モフモフ!」
喜びの声を上げて、今度は少し上向きのあごの下に指をあて、優しく掻くように撫でた。
顔の周りに触れたことで、キジトラ猫の表情が変化する。
心なしか、その面持ちは、心地よさそうに見えた。
「ほら、坂井も触らせてもらいなよ」
彼女が声を掛けてきたので、固まったままの猫に近づき、おそるおそる背中の毛に触れてみた。
「柔らかい毛だな」
一人言のように感想をつぶやくと、
「でしょう? とっても、気持ちいいよね?」
と、彼女は、こちらの言葉に反応したあと、縞模様の額の辺りをさすりながら、
「いつもは、すぐに逃げちゃうからね〜。撫でさせてくれてありがとう〜」
まさに、猫撫で声といった声色で、キジトラ猫に話しかけた。
=========Time Out End=========
その瞬間、ピクリと猫の身体が動く。
背中に触れていたオレも、額から頭の部分を撫でていた小嶋夏海も、ビクリとして手を引っ込めた。
夢中で猫に触れている間に、どうやら停止時間を終えてしまっていたようだ。
緊張感が解けないまま、キジトラ猫に目を向けると、知らぬ間に現れた人間二人に囲まれ、許可のないまま身体に触れられたにもかかわらず、すぐに逃げ出してしまうのではないかーーーーーーという予想に反して、
ゴロゴロ
と、喉を鳴らし、寝そべっていた猫は、小嶋夏海の脚元に頭部を擦り寄せていった。
「!!」
その意外な反応に、またも、オレ達は顔を見合わせる。
フニャ〜ン
と、キジトラ猫は、心地よさそうな声で鳴きながら、彼女に何度か額を擦りつけたあと、こちらを向いて
ミャ〜
と鳴き、今度は、こちらの脚元に寄ってきた。
さらに、自分の方にも頭部を擦りつけてきたので、優しく背中を撫でてやると、また、
ゴロゴロ
と、喉を鳴らし始める。
「スゴイ! 今まで、一度も撫でさせてくれたことなんて無かったのに!!」
驚きの声を上げた小嶋夏海は、続けて
「このコカリナには、ネコ寄せの能力もあるの!?」
と、突拍子もないことを言い出した。
「どんな能力だよ!」
思わずツッコミを入れてしまう。
そもそも、猫をおびき寄せる能力など、そんなにニーズがあるモノなのか、という疑問が最初に湧く。
さらに、猫を呼び寄せるなら、コカリナの音色よりも、飼い主の声か、おやつやキャットフードの袋を開ける音の方が効果が高いのではないか?
猫という生物に執着のない人間からすると、そんな疑問を抱くのだがーーーーーー。
「また、新しい謎が立ちはだかってきた……『時のコカリナ』恐ろしい子ーーーーーー」
と、つぶやきながら、こちらの冷静な指摘など、耳に入っていないかのように、彼女は、自分の世界に入り、探究心の炎をたぎらせていた。
その旺盛な知的好奇心が、明後日の方向に暴走しなければ良いが……と、考えつつ、無断で撫でさせてもらったキジトラ猫の背中をさすりながら、
「勝手に撫でたりしてゴメンな。また会う機会があったら、ヨロシク」
と、語り掛けると、脚元の猫は、挨拶するように、
ミャ〜
と、一声鳴いて公園の隅の方に去って行った。




