第三章〜⑬〜
彼女が、受話ボタンを押すと、
「やっほ〜、ナツミ! どうやら、お困りのようだね〜」
と、大嶋裕美子の屈託のない声が聞こえてきた。
交流ルームでは携帯電話での通話も許可されており、周辺にも人影はまばらだが、館内に響く声が気になったのか、小嶋夏海は、スマホを片手に館外へと出て行く。
言おうとしたことを言いそびれてしまい、肩透かしをくらった格好になったオレが、モヤモヤとした気持ちを抱えたまま、交流ルームのベンチに座って、
(関係のない大嶋を巻き込むのは、どうかと思うが……それにしても、すごいタイミングだな……)
などと、考えていると、先ほど館外に出たばかりの口論の相手が、すぐに戻ってきた。
「ユミコが、坂井に電話を代われだって……自分の方が、坂井と上手く話せるからって……」
小嶋夏海は、そう言って、仏頂面で彼女のスマホをこちらに手渡してくる。
オレは、
(なぜ、大嶋裕美子は、第三者のことに、わざわざ首を突っ込んでくるのか?)
と、訝しげな表情をしながらスマホを受け取り、持ち主と同じように、館外へと急いだ。
自動ドアが開き、ムッとする熱気を感じながら、
「もしもし、電話を代わらせてもらったが……」
と、送話口のマイクに話しかけると、
「あ〜、坂井! おつかれ〜。昨日は、ありがとね〜!」
受話口から、大嶋裕美子の快活な声が返ってきた。
一方、こちらは、
「いや、こちらこそ……それより、自分と小嶋の話しに、大嶋を巻き込んでしまって申し訳ない。大嶋が、オレと話してくれようとする気持ちは有り難いが……」
と、機先を制し、第三者による介入の排除を試みようとしたのだがーーーーーー。
「ふ〜ん! ちゃんと、相手のことを考えて話せる坂井はエラいねぇ〜」
通話相手の同級生女子は、ケラケラと笑い、続けて、鋭く突っ込んだことを言ってきた。
「でも、本音は、『なんで、この話しに関係ない大嶋が、出張って来るんだよ?』って、思ってるんじゃない?」
「あ、いや。それは……」
直球の指摘に、思わず口籠もると、大嶋裕美子は、
「フッフッフ! その反応は、図星って感じかな? ちなみに、私は、この件については、完全な第三者とは言えないんだなぁ、これが――――――」
と、意味ありげな口調で、語りかけてくる。
「ん? 『第三者じゃない』って、どういうことだ?」
質問を返すと、
「あ〜、やっぱり! ナツミもツカサ君も、坂井に言ってなかったんだね〜」
と、返答し、言葉を続けた。
「ツカサ君と私が兄妹だってこと」
「ハ!? ツカサさんは、大嶋の兄貴だったのか!?」
思わず、声のボリュームを上げて、聞き返してしまった。
「わ!? そんなに大きな声を出さなくても聞こえてるって」
声を上げた彼女に、「あっ、スマン」と、謝罪すると、通話の相手は弾んだ声で、
「ま、驚いたのなら仕方ないよ。それに、紹介してもらった時に、私の兄貴だって知ってたら、坂井は、無愛想な態度は取らなかったでしょ?」
確信を持ったように、訪ねてきた。
「それは……そう、かもな」
そう返答すると、彼女は、
「そうだよね〜。坂井が、どうして不機嫌だったかは、あえて聞かないけど……嫉妬は、する側より、される側に回りたいものだね〜」
と、言い、またケラケラと笑った。
「なんのことか、良くワカランが、そういうことなら、申し訳ないが、『無愛想な態度で申し訳なかった』と、お兄さんに謝っておいてくれないか?」
そう、お願いすると、気にするな、といった感じで、
「あぁ、イイって、イイって! 今回のことは、ウチのアニキとナツミが、ちゃんと最初に説明しなかったのが悪いんだし。ウチのアニキ、人当たりは良いんだけど、誰にでも優しくしすぎて、周りのヒトをイラつかせたりすることもあるんだ〜」
と、言ったあと、一瞬の間をおいて、
「それで、ユカもーーーーーーあっ……」
「ん? 中嶋が、どうした?何か、関係あるのか?」
途中で、言葉を切った大嶋に問いかけると、
「あ〜、どうせ、いつかは知られるかもだし、もうこの際だから、話しちゃうか〜。ユカね、実は、ウチのアニキと付き合ってるんだ〜」
「なっ!!!!!! マジかよ、それ!?」
この夏、もっとも衝撃的なニュースに、また、声の音量が上がってしまった。




