第三章〜⑨〜
その表情に、思わず、
「あぁ、そうだな」
と、反射的に同意してしまった。
こちらの返答に気を良くしたのか、彼女は、「じゃあ、決まりね!」と、嬉しそうに答え、
「ねぇ、ミストを出してみて!」
と、『ミストの森』に足を踏み入れるよう、リクエストしてきた。
「あぁ、わかった」
短い返事をして、鉄柱に近づくと、センサーが反応し、霧状のミストが噴出され始めた。
「戻ってきて!」
手招きをする彼女に応え、元の位置に帰ると、「じゃあ、お願い」と、『時のコカリナ』を手渡される。
吹き口に唇を接触させる長時間停止の発動は、オレの役目だ。
そこに、他意はなく、あくまで、感染症対策の一環であることを強調しておく。
「時間の長さは、どうする?」
彼女に問うと、
「どうせなら、目いっぱい、時間を使わない?」
と、答えが返ってきた。
「そうだな」
そう答えて、コカリナに彼女が触れたことを確認したオレは、表裏六つの穴のすべてを指で押さえ、息を吹き込んだ。
==========Time Out==========
周囲から聞こえていたプールを楽しむ人々の喧騒が消え、時間が止まったことを認識する。
「時間が止まってる間は、紫外線を気にしなくて良さそうね」
小嶋夏海は、そう言って、被っていた麦わら帽子を脱ぎ、顔に向けて数度あおいだ後、
「じゃ、ミストを楽しもうか!?」
と、羽織っていたパーカーのジッパーを下ろした。
パーカーの下からは、ハイネックタイプの水着が、あらわになった。
上半身を覆う布は、一般的な女性用の水着よりも胸元の露出は少なく、アクティブに動いても問題なさそうなデザインである。
それでも、彼女の肩から腕にかけてのラインは美しく映え、肌の露出は少なく見えても、洗練されたスタイルを演出している。
フレアスカートになっているボトムスも、パーカーを羽織っていた時より、いっそう華やかに映り、フワリとした素材は、上半身の胸元をボリュームがあるように見せているため、上下の水着に挟まれたウエストのラインが、美しい曲線を描いているように映る。
品が良く優美さを感じさせる、そのデザインは、小嶋夏海のイメージにピッタリとマッチし、その姿に、思わず、目を奪われてしまった――――――。
悔しいが…………。
「あれ、どうしたの? 時間が止まったみたいに、ボーっとして」
わざとらしく、そんなことをたずねる、彼女の勝ち誇ったような表情を確認し、ここまでの流れが、演出されたモノであることを確信する。
「一般的な女子のキモチとしては、目の前の男子にこの水着の感想を求めたいところだけど――――――坂井のその表情を見られただけで、もう十分ね」
そう言って、満足げにクスクスと笑う彼女に対して、今回ばかりは完全に白旗を上げざるを得ない。
完敗を認めつつ、心の中で、「ハァ……」と、ため息をついていると、
「私に見惚れるキモチもわかるケド……いつまでも、ボサっとしていないで、写真を撮ってくれない?」
と、彼女は、スマホを手渡してくる。
そうして、近くの木陰にあるベンチに麦わら帽とパーカーを丁寧に置くと、静止したまま太陽光を反射し、霧状を保っているミスト・シャワーに飛び込んだ。
彼女に弾かれたミストは、その細かな水の粒子に強烈な陽射しが返照して、とても幻想的な雰囲気を醸し出している。
「あ~、冷たくて気持ちイイ!!」
声をあげた彼女は、今日一番の幸せそうな表情を見せた。
「じゃあ、お願い」
と言うリクエストに応え、スマホのカメラアプリを起動し、髪をかきあげるポーズを撮った彼女に向けて、シャッター・ボタンを押す。
空中で静止していたミストが弾かれたことによって周囲に飛散し、まるで、その中心点に位置する彼女を輝かせているように見えた。
何度かポーズを変え、その度ごとに、シャッター音が鳴ったことを確認すると、
「うん、これくらいでイイかな?撮れた写真は、あとで確認させてもらうとして……坂井も、こっちに来ない?ミストが、とっても気持ちイイよ!」
と、オレをミスト・シャワーに誘った。
彼女の招きに応じて、スマホをベンチに置き、自分も『ミストの森』に飛び込む。
直射日光による紫外線は止まっているとは言え、気温の高さに火照った身体に触れるミストが心地よい。
オレの心身が熱を帯びていたのは、あくまで、外気のせいであって、隣に立っている同級生の水着姿とは関係ない、ハズなのだが――――――。
それでも、なんとなく、小嶋夏海のそばで、彼女に目を向けることをためらってしまう自分がいた。
そんな、こちらの気持ちを知ってか、知らずか、彼女は、
「そろそろ、停止時間も終わるころかな? 最後に、二人で写真を撮らない?」
そう言ってベンチにスマホを取りに行き、片手でミストが掛からない位置に構えると、
「はい、撮るよ~!」
と、言ってシャッターボタンを押した。
すぐに確認した写真には、良い表情で微笑んでいる小嶋夏海と、ぎこちなく笑みを作ろうとしているオレ自身が写っている。
同じく、そのツーショットを確かめた彼女は、
「ハァ……もうちょっと、良い表情はできなかったの?」
そう言いながら、クスクスと笑った。
=========Time Out End=========
その瞬間、周囲の喧騒が耳に飛び込んできた。
先日の観察結果が正しいなら、五四〇秒の間、世界は時を止めていたはずだが、体感的には、もっと短い時間に感じられた。
気が付けば、肌に直射日光の刺すような刺激を感じ、小嶋夏海は、ベンチのそばの木陰にサッサと入り、ミストをまとったことで微かに濡れた身体をハンドタオルでふき、パーカーを羽織ろうとしている。
視線を釘付けにさせられた彼女の姿も、どうやら、ここで見納めのようだ。
それでも、この場に来る前に康之や哲夫に対して抱いた、うらやましく、自分だけが置いて行かれた、といった様な寂しさを感じるキモチは消え、むしろ、小嶋夏海のその姿を知っているのは、自分だけだ、という優越感さえ覚えていることに、オレは気付いた。




