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第二章〜⑩〜

==========Time Out==========


 コカリナのスイッチを操作すると、目の前の坂井夏生は、拳を前に突き出したままの姿で動きを止めていた。

 私は、坂井と触れていたままの拳を引っ込め、彼の様子を観察してみる。

 時間停止に入る前に緊張していたのか、それとも、時間停止そのものの影響なのかはわからないが、マスク越しで目もとしか確認できないその表情は、予想に反して、やや硬く強張っているいるようにも見える。


(呆けた表情なら、スマートフォンで撮影しておこうと思ったのに……)


 密かに楽しみにしていたことが、案外な結果に終わり、少し落胆しかけたが、坂井の顔を見ているうちに思い出したことがあった。

 先週の金曜日の放課後——————。

 坂井夏生は、教室でこの『時のコカリナ』を使って、時間を止め、私のマスクを外して素顔を確認したらしい。

 昨日、この場所で、彼からその『罪の告白』を受けた時には、驚き、怒り、羞恥心……といった、さまざまな感情が駆け巡り、そのことを思い返すと、いまだに、目の前の男子クラスメートを赦す気持ちにはなれないが——————。

 同時に、不思議に思うこともある。


(わざわざリスクを冒してまで、クラスメートの異性のマスク越しの顔など見たくなるモノなのだろうか?)


 そんな疑問に駆られて、


 カチ

 カチ


と、コカリナのスイッチを操作して、私は、時間停止の時間を少し延長することにした。

 そして、固まった姿勢のままの坂井の様子を確認しながら、彼の左耳のマスク紐に指を掛けて、マスクを外してみる。

 あらわになった彼の顔の下半分は、鼻の頭、唇の形、頬から顎にかけてのフェイスラインなど、どれも予想した通りの平凡なものだった。

 それでも――――――。

 マスクに隠れていた口もとの表情からは、柔和な印象を受け、何故か、その十人並みのパーツや輪郭をジッと見ておきたい衝動に駆られ、思わず時間を忘れそうになる。


 カチ

 カチ


 念のため、再びコカリナのスイッチを操作して、時間停止を再延長し、スマートフォンを取り出した。

 当初、想定していた坂井夏生の間の抜けた表情を撮影することは叶わなかったが、いまの彼の表情を記録に留めるべく、カメラアプリを起動し、シャッターボタンを押す。


パシャリ——————。


 無機質なシャッター音が鳴ったあと、撮影した画像を確認し、スマートフォンを制服のポケットにしまった。

 さらに、念を押して、


 カチ

 カチ


 コカリナのスイッチを操作し、時間停止を再々延長したあと、急いで坂井のマスクを彼に装着させる。

 外した時のように、スムーズに作業できないことに焦りつつも、何とか、元の状態に戻せたことに安堵し、彼の隣の椅子に座りなおして息を整えた。


=========Time Out End=========


 次の瞬間、オレと拳を合わせていた小嶋夏海が、澄ました表情で膝に手を置いて隣の椅子に座っているのが確認できた。

 動きそのものは大きくないものの、彼女の腕の位置が、まるで瞬間移動したように見えるということは——————。


「オレも時間停止していたのか……つ〜ことは、やっぱ、コカリナに直に触れていないと時間停止は免れないって訳か……」


 オレが、そうたずねると、


「そ、そうみたいね……」


いつも、ハッキリとした断定口調で話す彼女にしては珍しく、言葉に詰まっている印象を受けた。


「なんだ? 時間が止まってる間に、何かあったのか? それとも、オレに何かした?」


 続けて、質問を重ねると、


「別に……特に変わったことはなかったけど?」


今度は、いつも通りの素っ気ない返事で、微妙に質問をはぐらかし、何事もなかった感じを装う。

 小嶋夏海が、何かを隠しているようには感じられるのだが、これ以上、問い詰めても彼女の返答は変わらないだろうと判断し、マスクのヒモが掛かる、耳もとに覚えた違和感の件も含めて、オレは詮索することをあきらめた。

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