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第一章〜⑬〜

7月12日(月) 天候・曇りのち雨


 月曜日の朝、いつもより早めに起きて朝食を取ったオレは、同じく、いつもより早めに家を出て、学校へと向かった。

 普段は、朝礼のチャイムが鳴る寸前に教室に入るオレは、小嶋夏海が、どの時間帯に登校しているのか知るよしもなかったが、なるべく、早く登校して、周りの生徒が少ない時間に、彼女と話しておきたかったからだ。

 いつもより三十分も早く到着した我が学び舎は、部活動の朝練が自粛傾向にあることもあって、「静けさを湛える」といった表現がぴったりの雰囲気だった。

 校門に入ると、二十メートルほど先の生徒昇降口に、見慣れた後ろ姿が確認できる。


(あっ、小嶋!)


 声を出しそうになるが、ここで、彼女に警戒心を抱かせてはいけないと思い、あとを追うことにする。

 早足で、生徒昇降口に駆け込み、自分の靴箱の前に立って、急いで上履きに履き替えるべく、金属製の小さな扉を開いた時、左手側に人の気配を感じた。

 気になって、そちらに目を向けると、そこには、お目当ての人物が、こちらを見て突っ立っている。

 今度こそ、声を掛けて、キチンと謝罪するための時間をもらおう! そう考えて「おはよう! 小嶋」と、話しかけようとした途端、数メートルほど先にいた彼女が、祖父さんの木製細工を右手に持ちながら、ニヤリと不敵な笑みを浮かべているのが見えた——————。



——————気がしたのだが、彼女は、瞬きもしない間に姿を消していた。


(小嶋が、すぐそこに立っていたように感じたのは、気のせいだったのか?)

(彼女とコミュニケーションを図らねば、という願望が見せた幻覚だったのか?)


そんな、考えが一瞬、頭をよぎったあと、早足で靴箱に到着したときから感じていた蒸し暑い足元が、妙に涼やかなことに気づいた。


(ついに、我が校も夏の熱中症対策に、校舎全館の冷房化に踏み切ったか!?)


などと、ささやかな喜びを噛み締めようとした時、今度は、右手の側から


「ヒッ!? 何あれ!?」

「へ、変態!!!!!!」


 下級生らしき女子二名の声が、昇降口全体にこだまし、さらに彼女たちの視線がこちらに注がれていることに気づいた。


(おいおい、こんな紳士をつかまえて、変態とは、ずいぶんなご挨拶じゃないか)


と、彼女らの冷たい視線に鷹揚に応え、二人に目をやると、


「「ヒャ〜〜〜〜〜!!!!!」」


と、絹を裂くような叫び声を上げて、二人組は全力で逃げ出し、バタン、バタンと音を立てながら、靴箱で室内用の上履きに履き替えたあと、バタバタと、職員室のある方の通路に向かって駆けていった様だ。


(面識のない人間に対して、失礼な後輩だな)


 そんな風に感じながら、自分も靴を履き替えようと、足元に目をやると、自室で着替えた時にシッカリとベルトを締めたはずの制服のズボンが、スポンと足首まで落ちていた。

 自分の置かれた状況を脳内回路が理解するまで、まるで、《時が止まった》ような錯覚に陥る。



「な、な、な、なんじゃこりゃ〜〜〜〜〜!!!!!!!!」



 数十秒前に声をあげた後輩女子二名の数倍の音量が、昇降口にこだました。

その瞬間、


「アハハ、アハハハハハハハ」


 今度は、校舎の方で、甲高い笑い声が響き渡り、廊下の陰から小嶋夏海が姿を現した。

 涙が出るほど可笑おかしいのか、目じりを人差し指で、ぬぐっている。


「こ、小嶋! ちょっと、待てよ」


 声を上げるオレのことは、気にも留めず、彼女は、肩を震わせながら、すたすたと校舎の奥へと歩いていく。

 小嶋夏海を追いかけようとしたオレは、一歩踏み出して転倒しそうになり、ようやく、制服の下半分が足首近くまで下ろされていたことを思い出し、ズボンをたくしあげてベルトを締め、あわてて校舎内へと駆け込む。

 オレが、昇降口からは死角になっている廊下にたどり着いた頃、


「センセイ、こっちです!!」


「ここで、二年生の男子が制服のズボンを下げたまま、立ってたんです!!」


 先ほどの女子二名と思われる声が聞こえる。

 危うく露出狂の濡れ衣を着せられるのを免れたことを確認し、胸をなでおろしたオレは、愉快犯と呼ぶには、あまりにも悪質な同級生女子のあとを追い、二年一組の教室へと向かった。

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