第四章〜㉘〜
次の瞬間、マスクの下の口元に強烈な感触を覚え、オレは、体温が上昇していくのを感じた。
その感触の原因に思い当たり、さらに、頬が紅く染まる。
身体全体が熱く感じるのは、気温三十度に達する残暑のせいだけではないだろう。
「ッッッッッーーーーーー!!」
言葉にならない声をマスクの中で押し殺す。
先ほどまで目の前にいた同級生は、姿を消していた。
さらに、もう一つ、ほんの一秒前までにはなかった胸元の違和感に気付く。夏服の制服であるシャツの胸ポケットには、『時のコカリナ』が刺さっていた。
ペデストリアンデッキのから、身を乗り出すようにして、地上のバス停を見下ろすと、空港行きのバスがエンジンを掛け、発車の準備を整えていた。
コカリナを胸ポケットから取り出し、見つめる。
その小窓のカウンターの数字は、『32』になっている……。
学校から、ここに来る途中で確認した時よりも、二回減っているということは……。
(やっぱり、小島がーーーーーー)
(今なら、まだ間に合うかーーーーーー)
(いや、しかし……このコカリナは、さっきまで、アイツがーーーーーー)
そう考えたのと同時に、背後からカリヨンの鐘の音が響くのを感じた。
高さ十五メートルの屋根からは、十数羽の鳩が一斉に羽ばたき、鐘の音による演奏とともに、市民合唱団の『カリヨン讃歌』の合唱が始まった。
そして、前方の地上の方からは、
プ〜〜〜
というブザー音とともに、
プシュ〜〜〜
バスの乗車側のドアが閉まる音がして、空港直行のバスは発車してしまった。
自分の手のひらにある木製細工は、時間を止めることはできても、過ぎた時間を戻すことはできないーーーーーー。
カリヨンの鐘の音と合唱団の声が響く中、声をあげることもできず、走り出すバスを呆然と見送るしかなかった。
想定できなかった彼女の行動に、思考回路が着いて行けず、頭の中が真っ白になる。
状況を整理し、落ち着いて、これからどう行動するべきなのかを考えるため、しばらくの間フラフラと歩いたあと、カリヨン広場から少し離れた場所のあるベンチに腰をおろすことにする。
すると、制服のズボンのポケットに入れていたスマホが、短くバイブレーションした。
反射的に端末を取り出して画面を確認すると、先ほど、目の前から突然消えた同級生からのメッセージが届いていた。
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時間がなくて、
ちゃんと話せなくてゴメン
素敵なプレゼントを
もらったこと
一緒にたくさんの
実験をしたこと
他にも、夏休みの間
色々なワガママに
付き合ってくれたこと
とても感謝しています
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真夏の太陽に照らされた
プールの水しぶき
駅前の連絡橋で見た
雨の日の幻想的な光景
晩夏の夜空に大きく輝いた
花火のきらめき
坂井のコカリナが見せてくれた
とても不思議な景色は
どれも、私にとって
忘れられない思い出です
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あらかじめ、送信する文章を準備していたのか、メッセージは立て続けに送られて来る。
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ずっと、自分の要望ばかり
お願いして申し訳ないけれど…
私がいなくなったあと、
次に書くことを
守ってもらえると嬉しいです
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①友達やクラスメートのこと
キチンとしたあいさつが
できないままだったので
ユカやユミコ、クラスの皆に
「小嶋が謝っていた」
と、伝えてください。
ユカには、最後まで
お節介を焼いてもらったこと
ユミコには、引っ越すことを
伝えられなかったこと
イシカワやオカムラをはじめ
クラスのみんなには、
無愛想な私に気を使いながら
付き合ってくれたこと
とても感謝している
と、伝えてください。
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②近所の公園のネコのこと
時のコカリナの実験に
付き合ってくれた
公園のネコのことを
時々でいいから
気に掛けてあげてください
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③時のコカリナのこと
不思議な体験をさせてくれた
コカリナのことを
私は、一生忘れないと思います
『時のコカリナ』は、
お祖父さんが託してくれた
とても貴重なモノだと思います
私が出来なくなるぶんの
調査や実験を
続けるにせよ続けないにせよ
お祖父さんの想いがつまった
コカリナを大切にしてください
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④小嶋夏海のこと
最後のお願いーーーーーー
このメッセージを最期に
坂井を振り回してばかりだった
小嶋夏海のことは、
忘れてください。
色々とヒドいことも言ったけど
坂井夏生なら、これからも、
素敵な出会いがあると思います
私のことは忘れて
素敵なヒトとの出会いを
大切にしてください
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以上が、私からのお願いです
最後に、コカリナを
勝手に使ってゴメンね
念入りにアルコール除菌を
したから気にせずに使って
素敵な誕生日プレゼントと
たのしくて素晴らしい思い出
本当にありがとう
小嶋夏海
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メッセージは、ここで終わっていた。




