第四章〜㉖〜
==========Time Out==========
騒然とした駅前の喧騒は静寂に包まれ、二人だけの世界が広がるーーーーーー。
「始業式の後のことも考えて、この時間なら、誰も来ないだろうと思ったのに……無断で、コカリナの能力を使ったでしょう?」
最初に口を開いたのは、小嶋夏海だった。
「確かに、小嶋の了承を得たわけじゃないが、あの《契約書》の有効期限は、昨日で終わってるハズだぜ?」
そう言い返すと、彼女は、フッと、表情を崩し、
「それも、そうね……」
と、自嘲気味に笑う。
「坂井のしつこさは、私の想定外だったわ」
そう付け加えた彼女の言葉に、
「いつか、メッセージアプリでネット記事のリンクを送ってくれたよな? 蟹座のオトコの執着心を舐めるんじゃねぇよ」
ニヤリと笑って、言い返してやった。
その一言に、今度は呆れたような表情で、彼女は、
「独占欲も、執着心の一種だもんね……」
と、言ったあと、
「ねぇ、『ストーカー規制法』って知ってる? 今はまだ、少年法が適用されるかも知れないけど、二十歳になってからは気をつけた方がいいよ?」
などと、注意喚起をしてくるので、
「ご忠告痛み入るが、今回は、オレ一人の想いだけじゃないんだよ」
友人たちの気持ちを代弁するべく応じる。
その言葉には、感じるところがあったのか、これまで余裕の表情を崩さなかった彼女は、一瞬、真剣な面持ちになり、
「そう……それで、ユミコとユカは、何て言ってたの?」
問い掛けてきた。
「大嶋や中嶋だけじゃない……ヤスユキやテツオ、クラスの他の連中も、小嶋に最後の別れができないことを寂しがっていたぞ」
彼女の問いに応えると、
「わざわざ、そのことを伝えに来たの? ご苦労さま……みんなには、最後のあいさつも出来ずに引っ越すことになって、申し訳ない、って伝えておいて」
小嶋夏海は、もう、これで良いだろう、と会話を打ち切ろうとしているかのような言葉を返してきた。
(そうじゃない! 自分が伝えたいことは……伝えなければいけないことは……それだけじゃないんだ!!)
そんな思いで、なんとか、次の言葉を探す。
「あぁ、わかった……大嶋や中嶋、クラスのみんなには、伝えておく」
そう言ったあと、ハヤる気持ちを抑えるように、呼吸を整えて、続ける。
「今日、伝えたかったことは、それだけじゃないんだ……前にも話したことがあるかも知れないけど……この夏休みの間、小嶋と、このコカリナの謎を調べるために、あれこれ実験をしたり、色々な場所に出掛けたりしたことは、本当に楽しかった。そして、実験のために色々なアイデアを出したり、図書館で熱心に調べものをしている小嶋のことを、本当にスゴいと思った。その楽しそうな姿を見て、小嶋の気が済むまで、もっともっと、『時のコカリナ』についての調査を続けてほしいと思ったし、そのための協力なら、なんでもしたいと思った……」
一気に言葉を吐き出したので、せっかく整えた呼吸も再び、乱れ始める。
だが、まだ、自分には、伝えなければならないことがあるーーーーーー。
「そして……出来れば、自分は、コカリナの調査を続ける小嶋のそばに、ずっと居たいと思った! 小嶋の作った《契約書》の期限は、夏休みの終わりまでだったけど……もっと、ずっと、一緒に、このコカリナの研究を続けないか?」
これまで伝えられなかった想いを吐き出すように、一気に言い切った。
こちらの言葉に反応したのか、小嶋夏海の頬が染まったような気がする。
そうして、思いの丈を伝えきったあとの気持ちの昂りを整えながら、さらに、目の前の女子のようすをうかがうと……。
彼女は、瞬時にして、表情を切り替えると、「ハァ〜〜〜」と、深いため息をつき、
「こっちの都合も考えずに、自分の想いだけをまくしたてるとか、最悪の告白なんだけど……夏休みにメッセージアプリで送ったネット記事を読まなかったの?」
と、呆れたような口調で言い放ち、
「その答え、すぐに出さなきゃだめ?」
そう付け加えた。
自分が、想定していなかった返答に、言葉が詰まる。
「いや、そういうわけではないが……」
こちらの曖昧の返答に、彼女は、
「そう……時間をもらえて良かった」
答えて、ニコリと笑う。
そして、何かを思い付いたかのように、こちらの胸元を指差して、こう付け加えた。
「そうだ! コカリナのことで、お願いがあるだけど……しばらく、そのコに会えなくなると思うから……久々に、演奏させてくれない?」
唐突な申し出に、不自然さを感じたものの、特に拒否する理由もなかったので、首元に下げていた『時のコカリナ』を小嶋夏海に手渡す。
コカリナを受け取った彼女は、ジェルタイプの携帯用アルコール消毒剤を取り出し、ポケットティッシュにジェルを流して、唄口の部分を入念に手入れした。
さらに、切り替えスイッチをOFFの状態にすると、口元でコカリナを構え、
「久々だと、緊張するな〜」
などと言いながら、唄口に息を吹き込んだ。
♪ラ・ソ・ラ・ソ・ファ・ミ・ファ・ミ・レ・ド・レ・ド・シ・ラ
イントロに聞き覚えのあるその曲は、三十年前に発売されたという夏の終わりの思い出をテーマにしたもので、つい十日ほど前に、動画サイトで閲覧した楽曲だった。
♪波打つ夕立のプール
♪しぶきをあげて
♪一番素敵な季節が
♪もうすぐ終わる
小嶋夏海が、この曲を選んだ意図はわからないが、切なくて、どこか物悲しく聞こえるメロディーは、いまの自分の心情に、ピッタリだと感じる。
周囲から音が消えた世界の中で、彼女が奏でる音色に、しばし聞き入ってしまう。
♪「時が止まればいい」
♪僕の肩でつぶやく君 見てた
そして、その音色とともに、彼女と過ごした夏の記憶がよみがえった。
♪さよなら夏の日
♪いつまでも忘れないよ
♪雨に濡れながら
♪僕等は大人になって行くよ
自室のベッドで、この曲のM∨を初めて視聴したときと同じように、頬を伝うものを感じる。
それを悟られたくなくて、口元を手のひらで覆いながら、目尻に人差し指をあて、そこから、そっと、頬をぬぐう。
♪さよなら夏の日
♪僕等は大人になって行くよ
サビの部分をリピートして、小嶋夏海の演奏は終わった。
そして、しばし、曲の余韻に浸っているとーーーーーー。
=========Time Out End=========




