ロロからの初めての贈り物 【ロロシリーズ③】
「え? クッキーの作り方を教えてほしい??」
学園からの帰りの馬車で突然ロロが「ユーリにお願いがあるの!」とクッキーの作り方を教えてほしいと言ってきた。
ユーリは今はルーク公爵邸にお世話になっているが、平民である。なので厨房に立つのも抵抗がないし、甘党な彼は時間があるときは自らお菓子を焼くこともあった。お菓子作りは料理と違って適当に作ると上手くできないので集中力もつくし、ケーキのデコレーションなどは繊細な技術を必要とするとともに美術センスも鍛えられてなかなか良い気晴らしになるのだった。
「いつも一緒に作ってるよね? それと何が違うの?」
「こ、今回はわたしが全て作るの! ユーリは教えるだけ。手は出さないで」
「へえ、なんで?」
「え、えっとね…」
ロロが恥ずかしそうに理由を話す。
「…ルーク様にお礼がしたくて」
ルーク公爵がロロの後見人となって早9か月。学園にも編入し、毎日がとても楽しい。平民であり、なおかつ孤児であったロロからすれば日常は様変わりした。大きな屋敷に住み、自分の部屋があり、贅沢な食事にお菓子、学校で学べる。そんな生活は想像もしていなかった。
ユーリやルーク公爵と暮らす日々は、孤児だったロロからすれば家族ができたようでとても幸せなんだそうだ。
そのお礼をしたいと話す。
「でも、プレゼントを買ったところで、それはもともとルーク様から頂いたお金で買ったに過ぎないから…」
「だから、何か作って渡したいんだ?」
「うん」
(なるほどね…)
なんともいじらしい。
ユーリはこの可愛らしい同居人を妹のように思っている。本人に言ったら「妹じゃない」と強く反発しそうなので言いはしないが。
ユーリは家族はいるものの一人っ子なので、兄弟がいる感覚が今までわからなかったが、ロロが来てから一緒に暮らすうちに何かと構わないと落ち着かなくなってしまった。
昔の自分からすれば考えられない。自分の計画を乱すような邪魔する人間は足手まといでしかないと思っていたのに。
「わかった。じゃあ、屋敷に帰ったら早速作ろう。今日の夕食のデザートに出して、いきなり驚かせたらいいんじゃない?」
頭の中で帰宅後のスケジュールの変更を考えながら答える。今日は課題を仕上げなければいけない。あと、生徒会会長のルシファーから厄介な頼まれごともあった。
「わあ! ありがとう! ユーリ大好き!」
やることが増えて厄介だなと内心思っていたが、ロロが心底嬉しそうにきらきらとした笑顔をユーリに向けてきたので、「まあ、いいか」と思い直す。
時間が足りなくなればルシファーからの頼まれごとを飛ばしてしまおう。後から何か言われるかもしれないが、知ったことではなかった。
それよりもロロと過ごす方が楽しそうだ。
笑顔でウキウキと帰宅後のクッキーについて話してくるロロを微笑ましく思いながら、ユーリは心が温かくなるのを感じていた。
「そうそう、バターが分離しないように気をつけて」
「ああ、粉類は一気に入れちゃ駄目だ!」
帰宅して早速クッキー作りに取り掛かる。ロロはいつもユーリの作るのを見学していたし、手伝いもたまにしていたからそんなに時間がかからないかと思っていたが、大間違いだった。
自分で一から作るとなるとそこそこ大変だ。
ようやく生地が出来上がり、あとは生地を伸ばして抜き型でクッキーの型抜きして焼くだけになった。
「ちょっと待ってて。今クッキー型取ってきてあげるよ」
「はあい、ありがと、ユーリ」
ユーリは自室に置いてあるクッキーの抜き型を取りに行く。厨房に置いておいてもいいのだが、ここはユーリの屋敷ではなく、あくまでも居候の身なので、なんとなく自分の物は自室に置いてあるのだ。
「…ん?」
厨房に戻って生地を見るとおかしい。
明らかに生地が減っているのだ。
無言でロロを見つめると、ロロは気まずそうに苦笑いをした。
「あ、あのね、生地伸ばそうとしたらちょっと落としちゃった…」
(ああ、目を離すんじゃなかった…)
ロロはしっかりしているが、まだ8歳である。うっかり落としたのだろう。
「これだけあったら大丈夫。服汚れなかった?」
「う、うん! 大丈夫!!」
落としたのがショックだったのか、多少ぎこちない。
「ほら、怒ってないからクッキー仕上げよう」
「うん、ルーク様には秘密にしないと!」
そんな二人を厨房にいる他の使用人は微笑ましく見ているのであった。
「で、できた!!」
焼き上がりは多少いびつだったが、初めてにしては上出来だ。
(うん、これならルーク様も喜ぶだろう)
もっとも、彼なら丸焦げのクッキーを出されたとしてもロロが作ったと知れば喜んで食べるだろうが。
ルーク公爵は独身だ。見た目もいいし、女性には大変もてるらしいが、特定の女性と付き合ったりもしていない。妻を取る気はないらしい。三大公爵の一つなのだからそれは問題なのだが、本人は気にしていない。常々「ユーリとロロが俺の子供みたいなもんだ」と言っている。
そんな彼だから、ロロがルーク公爵のためにクッキーを焼いたと知れば泣いて喜ぶだろう。
「良かったね、上手くできて」
ロロにそう言うと、ロロは嬉しそうだ。
手伝いではなく、自分でやり遂げたのだから達成感もあるのだろう。
時間はかかったが、手助けした価値はあっただろう。
「よし、後は片付けするよ」
「うん。…ねえユーリ、片付けくらいならわたし一人でできるから、もうお部屋戻って」
「え?」
「今日随分時間取らせてしまったから。教えてくれてありがとう!」
ロロなりにユーリを気遣っているのだろう。ユーリは忙しいとよくわかっている。
それなら、無理に一緒に片付けなくても良いだろう。
そう判断したユーリは自室に戻った。
ルーク公爵の反応はすごかった。
夕食後にロロが「ユーリに教えてもらって自分で焼いた」とクッキーを差し出したら大喜びしていた。
「ロロが? 俺に? なんてことだ! こんな幸せが来るなんて!」
挙句に「これは一生食べないでおいて家宝にしよう」だとか「ロロが俺のために作ったからユーリは食べるな」とか無茶苦茶なことを言ってのけた。
(なんて馬鹿な。食べなければ腐っておしまいだ。そんなこともわからないのか。)
内心の声が聞こえたはずはないが、ユーリの態度から察したのだろう。
「…ユーリはドライだな」
と渋々何枚か分けてくれた。
そんなルーク公爵の様子を見て、ロロは心底幸せそうだった。
コンコン
(…ん?)
夕食後ユーリが自室に戻って課題を片付けていると、ユーリの部屋を誰かがノックした。
扉を開けると、そこには何やら落ち着かない様子のロロが立っている。
「…どうしたの?」
聞いてもモジモジして答えないので、部屋に招き入れた。
ロロはちらりとユーリの机の上を見て、勉強中だったことに気づいたようだ。
「迷惑だった?」
と申し訳なさそうに聞いてくる。
「大丈夫だよ。ちょうど休憩しようと思ってたとこ」
(本当は時間ないけど…)
でも、本当のことを言ったら遠慮して部屋を出ていくだろう。
ユーリは二人掛けのソファにロロと座る。
そしてロロが話し始めるのを待った。
「あ、あのね…」
「ん?」
「これ…」
しばらくためらっていたが、ロロが後ろ手に隠していた包みを出した。
何かわからずユーリが首をかしげていると、ロロはその包みを開ける。
中からはクッキーが出てきた。
先ほど作ったクッキーかと思ったら、何やら中に何か入っているようだ。
ロロが話し始める。
「あのね、実はクッキー生地、落としたわけではなかったの」
「…」
「少し分けておいて、後からレモンの皮を細かく刻んだのを混ぜ込んで、焼いたんだ」
ロロがニッコリと笑う。
「これはユーリに作ったの。ユーリ、柑橘系のお菓子好きって、前話してたでしょ?」
確かに以前カフェに行ったときにそんなことを話したなと思いだす。
ユーリはクッキーを一枚取った。
香りをかぐと、レモンの爽やかな香りがする。
口の中に入れた。
若干固いが、味は優しく、レモンのほのかな酸味が良いバランスだ。
思わず頬が緩んだ。
「…美味しいよ、ロロ」
ロロは嬉しそうにはにかむ。
「いつもありがとう、ユーリ」
ロロの優しい気持ちが嬉しかった。
『妹が可愛くて仕方ない』『弟がやんちゃすぎて困る』
生徒会長のルシファーが何かというとよく兄弟の話をしてくるのが今まではわからなかった。
彼は下にロロと同じ歳の双子の妹と弟がいる。彼らはロロと同じく学園にいる。ロロは妹の方とは同じクラスなのだそうだ。ルシファーにはその下にもまだ2歳になったばかりの弟がいるらしい。
生徒会長でもあり、三大公爵一つの公爵家の跡取り息子であるルシファーはかなり忙しいはずなのだが、そんな中でも時間を作っては兄弟の相手をしているようだ。
今までは「そんなの使用人に相手させれば良いだろう」くらいに思っていたが。
ロロが現れてからは彼の気持ちも若干わかるようになった。
一緒にいる時間が楽しい。幸せだ。
とにかく愛おしいのだ。
ロロがニコニコと嬉しそうにユーリがクッキーを食べるのを見ている。
(…さっきルーク様が僕にクッキー渡したくないって言った時は馬鹿馬鹿しいと思ったけど…)
このレモンクッキーはルーク公爵には絶対秘密にしておこう。
バレたら分けなければいけない。そんなのは嫌だ。全て自分一人で食べてしまおう。
ロロを思わず抱きしめた。
腕の中の温かい存在が大切だ。守るべきものだと思った。
「ありがとう」
(最高に幸せだ)
その気持ちを表したくて、思わずロロの額に感謝のキスを落とした。
すると。
「!!!」
ロロがすごい勢いでユーリの体から離れた。
顔を真っ赤にしてキスされた場所を両手で押さえる。
「ななな…!!」
ロロはかなり動揺しているようだ。
「え?」
ユーリが不思議に思っていると。
「ユーリのえっち!! もう知らないんだから!!」
そう叫んだかと思うと、ロロはユーリの部屋を飛び出してしまった。
(…どうしてだ…心外だ。ただ、感謝を表しただけなのに…)
乙女心がわからず、しばらく呆然とするユーリであった。
ユーリには家族がいるので親から額にキスをされる経験はありましたが、孤児であるロロにはそんな経験はありませんでした。なのでユーリの何気ない親愛のキスに関しても免疫がないロロにとってはとても恥ずかしいのでした。