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第25話 稽古

 異世界【エンテゲニア】に来てそろそろ一週間が過ぎようとしていた。


 こっちの世界での生活にもようやく慣れてきた今日この頃だ。


「行きますよ、涼一郎殿!」


「来い……っ!」


 白銀宮を守護する白銀騎士団。その訓練場で、俺は木剣を手に剣の稽古をつけてもらっていた。


 相手は元白銀騎士団団長のミシェル・エクスさん。


 エンテゲニアに来た初日に俺とユリアを殺そうとしたロズワルドの前任者だ。


 しばらくアメリアで家族と静かに過ごしていたそうなのだが、ロズワルドの件でソフィアさんからお呼びがかかり、暫定的に白銀騎士団団長の座に再任されたらしい。


 年齢は五十代前半らしいが、ものすごく若く見える。孫が三人いると聞かされた時には信じられなかった。


 もちろん若く見えるのは見た目だけじゃない。


「はっ!」


「――ッ!」


 凄まじい速さの剣捌きだ。これが現役を退いた人の振りかよ……っ!


 現役の騎士団の兵士とも何人か手合わせさせてもらったが、ミシェルさんが誰よりも強いと感じる。さすが元騎士団長だ。


 後任を見る目はないけどな!


「どうされましたか、涼一郎殿。守りに入ってばかりでは勝てませんよ?」


「そう言われてもな……!」


 ミシェルさんの剣を防ぐのに精いっぱいで攻撃に転じる隙がまったくない。


 アドラスとの戦いでレベルアップしたステータスでこれだぞ。しかもミシェルさんはまったく本気じゃない。本気を出せばどんだけなんだよ、この人……!


 何とか剣を受け流せているのは、昔とある後輩の剣術道場で習った付け焼刃の剣術のおかげだ。アドラスに操られた皆月の刀も、この剣術で何とか受け流すことができた。


 ただこの剣術、ちょっと特殊で基本的に攻撃手段がねぇんだよな……!


 ちょっとでも攻撃に転じようとすれば、


「隙ありです」


「くっ……」


 ミシェルさんクラスの相手だといとも簡単に首筋に剣を当てられてしまう。


 これが本物の剣で、ロズワルドのように本気で俺を殺そうとしてくる相手だったら、今頃俺の頭は地面に転がっていただろう。


 くそっ……。これで一昨日から三十連敗だ。


「涼一郎殿は珍しい剣術を使われているようにお見受けします。そちらの世界での主流でしょうか?」


「いいや、俺の世界でもかなり珍しい剣術らしいっす。たしか、山本流護衛剣術とかって言ってたな……」


「護衛……。なるほど、人を守るための剣術ですか。道理で守りに主眼を置いているわけだ。涼一郎殿はその流派の属されておいでなのですか?」


「半年ほど体験させてもらっただけっすよ」


 後輩から道場が閉鎖の危機だと頼み込まれて参加しただけで、初めから剣術を身に着けようとしていたわけじゃない。


 結果的に付け焼刃程度には使えるようになったが、この剣術を極めた後輩に比べればダメダメだ。あいつならたぶん、本気のミシェルさんの斬撃も軽く受け流せる。


「総一郎殿からもうかがいましたが、やはり勇者様方の世界の剣術は大変興味深い。この老骨が朽ちる前に、そちらの世界の手練れと剣を交わしたいものです」


「老骨って……」


 20代でも通用しそうな見た目で言われてもなぁ……。


「そろそろ休憩しましょう、涼一郎殿。次の生徒も来られたようですので」


「次の……って、ああ」


 訓練場の入り口を見ると、そこには艶やかな黒髪を一房に結った少女がいた。


 俺が近づいていくと、皆月は手に持っていたタオルを渡してくれる。


「お疲れさま、涼一郎。ミシェル先生には勝てたかしら?」


「お前、わかってて聞いてるだろ」


「まあね。途中から見てたもの」


 皆月はにやにやと悪戯っ子のような笑みを浮かべる。お前なぁ……。


「そっちこそ、魔術の訓練はどうだったんだよ」


 俺がミシェルさんから剣の稽古をつけてもらっているように、皆月と杏璃はソフィアさんから魔術の手ほどきを受けていた。


 杏璃からちらっと聞いた話では、皆月は魔術に少し苦戦しているらしいのだが、


「まあまあってところね。あと少しでコツが掴めそうだわ」


「そうなのか。さすが皆月だな」


 どうやら苦戦といっても大したことじゃなさそうだ。


 昔から何でもそつなくこなしてきた皆月だ。心配しても杞憂だな。


 問題はむしろ魔術じゃなくてこっちかもしれない。


「無理はするなよ」


「わかってるわよ」


 木剣を手渡し、ミシェルさんのところへ向かう皆月を見送る。


「それじゃあ始めましょうか」


「はい」


 互いに距離を取り、二人は木剣を構えあった。


 ……けれど、そこからどちらも一歩も動かない。


 いや、ミシェルさんは動こうと思えばいつでも動ける。


 動けないでいるのは皆月だけだ。


「……くっ」


 手に持った剣の先が震えている。


 剣を掴む手が、そもそも震えているからだ。


「どうして、止まってくれないのよ……っ!」


 皆月は見る見るうちに大粒の汗をかき、口を開いて肩で息をし始める。


 持ち前の運動神経を生かすために皆月は魔術だけでなく剣の稽古も受けているのだが、剣を持つとこの状態だった。


 ……たぶん、アドラスに操られ杏璃を斬ってしまったことへの精神的ダメージが作用しているんだろう。杏璃のスキルでも癒しきれないトラウマが、皆月を今も苛んでいるんだ。


「今日はここまでにしておきましょう。その様子ではまともに剣を振ることもできないでしょう」


「…………はい」


 ミシェルさんに諭され、皆月は素直に剣を下す。


 俺がタオルを持って行ってやると、浮かない表情で受け取った。


「頑張ったな、皆月」


「……全然よ」


 皆月は唇をかんで悔し気に答える。


 この世界で過ごすうえで自衛のためにと始めた鍛錬だが、ここまでする必要あるのか……?


 何も無理に剣の稽古をしなくてもいい。たしかに皆月のスキルを考えたら剣を使えて損はないが、魔術を使えるだけでも十分だ。


 ……なんて言って、納得するやつじゃねーんだよな。


 皆月の性格は知っている。どんな高い壁にも逃げずに立ち向かうのが水瀬皆月だ。こいつは意地でもこのまま頑張り続けるだろう。


「なあ、弓とか刃物以外の武器じゃダメなのか?」


「扱い慣れてないわ。まあ、刃物もだけど……。それに、あんまり大きな武器は動きづらくて嫌なのよ」


 皆月にとって動きやすく、使い勝手のいい武器を考えるとやはり剣になるらしい。


 持っていてもかさばらず動きやすい武器か……。


 剣がだめなら槍……は動きづらいよな。他に思いつく武器といえば、


「いっそ銃とかでいいんじゃねーの?」


「バカ。そんなもんイメージできるわけないでしょ」


 皆月はそういうと俺にタオルを押し付けて屋敷の方へ去って行ってしまう。


 皆月のスキル〈創造〉は、頭の中に具体的なイメージを浮かべなければ実体化させることができないらしい。


 ままならねぇもんだなぁ……。


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