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第15話 制服と合鍵と

――――――――――――――――――


 朝食は白飯とみそ汁と焼き魚だった。


 スキルの代償で顎の力すら失いドロドロの野菜スープしか食べれなかった昨晩から、地味に楽しみにしていた異世界料理。ようやく異世界の味が食べられると思ったらこれである。


「思いっきり日本食じゃねぇーか……」


「おお! 私が広めた稲作がそんなにも盛んになっているのか」


「ええ、アメリア近郊の水と土壌があっているみたい。今年は豊作だそうよ。これでいつでも故郷の味が食べられるわね、総一郎」


「ああ、こんなに嬉しいことはない……っ! お前も故郷の味が懐かしいだろう、涼一郎」


「いや昨日も食っただろ」


 白米は親父の大好物だ。食事を用意するのは俺の仕事だったので毎日のように炊かされた。昨日もこっちの世界に来る前に食べた朝食は白米だったはずだが。


 というか、こっちの世界で親父が稲作を広めたのかよ。大丈夫なのか、そんなことして。


 ジャガイモ飢饉を代表するように、新しい食文化の流入が必ずしも良い結果になるとは限らねぇぞ。


 ……ったく、どうして異世界まで来て箸を使って白米と焼き魚を食わなきゃいけないんだか。


「ところで、ユリアはどこに行ったんだ?」


 俺の隣の席が空いている。


 昨晩、ユリアは結局俺の部屋に泊まっていった。話している内にうつらうつらとしてきた彼女をベッドに寝かせ、俺はソファで眠ったんだ。


 そしたらなぜか、寝起きのユリアに「おにいちゃんのバカ……」と怒られた。いったい何が気に障ったのかさっぱりわからん。


 それから二人で食堂に来て朝っぱらからイチャイチャする親父とソフィアさんに辟易したところまで一緒だったのは憶えているんだが……。


「ユリアなら支度をしているはずね」


「支度?」


 ソフィアさんの言葉に首を傾げると、ちょうど食堂の扉が開いてユリアが姿を見せた。


 着替えてきたのだろう、ユリアは白を基調としたワンピースタイプのセーラー服に身を包んでいた。


「ユリア、それ制服か?」


「あ、はい! 王立魔術学園の制服です。に、似合ってますか……?」


 ユリアはワンピースの裾を少し持ち上げると、くるりと回ってはにかんでみせる。


 か、かわいい……っ!


 ワンピースの白色がユリアにぴったりだ。まるで雪の妖精。愛らしさと可憐さに溢れている。


「ああ、すごく似合ってる。かわいいよ」


「か、かわわっ⁉」


 やはりかわいいと言われ慣れていないのかユリアは顔を真っ赤にする。この反応もまたかわいいんだよなぁ。


 制服を着ているということは、今日は登校日なんだろうな。王立魔術学園と言ってたが、いったいどんな学校なんだ?


「お、おにいちゃん……! あんまりじろじろ見られると、恥ずかしい……です」


「あ、すまんすまん。ついつい見惚れちまってた」


「見惚れっ⁉」


 ユリアの顔がさらに真っ赤になる。そこまで行くと体調が心配になってくるんだが大丈夫なのか?


 ユリアはふらふらとした足取りで俺の隣の椅子に座ると、ポーっと虚空を眺めだす。心ここにあらずといった様子だ。せめて何か腹に入れておいたほうがいいと思うぞ?


「そういえば親父、俺も学校あるんだけどどうするんだ? 欠席の連絡とかしてねぇだろ?」


「それなら心配ない。会社が既に手をまわしてくれている。今頃、涼一郎は海外留学をしたことになっているはずだ」


「海外留学か……」


 口実としては悪くないな。留学したことにすれば長期間休んでも誰も不自然には思わないだろうし。


 幼馴染の杏璃と皆月には、いちおう異世界に行くことは伝えてある。親父に急かされたから詳しくは書き込めなかったが、チャットを見て全てを察してくれるだろう。


「後でベルベル語のテキストが届くはずだから目を通しておくといいだろう」


「おい待て俺はどこへ留学したんだ」


 聞いたことねぇよ、ベルベル語!


 親父の冗談だと思いてぇが、親父の勤めてる会社だからな……。テキトーな仕事をしてテキトーな場所に留学したことにされかねねぇ。


 急に不安になってきた。俺、このままこの世界に居て大丈夫なのか……?


「そうだ、涼一郎。今日は父さんの仕事に同行してくれないか?」


「仕事?」


「実地調査だ。昨日、転移門が繋がった先で出くわしたダークドラゴンがどうにも気にかかる」


 ダークドラゴンって、俺たちを出待ちしてたあの黒い龍か。親父が言うにはたしか、あの荒野のあたりには生息していないんだったな。


「エンテゲニアの異変を調べるため、今日はあのダグラス荒野一帯を調べるつもりだ。どうせ一日中暇だろう?」


「そりゃまあ暇だが。…………ま、やることもねぇしな」


 腐っても勇者である親父から学べることもあるだろう。屋敷で暇を持て余すよりは有意義な時間の使い方になるはずだ。


 いってきますと屋敷から学校へ行くユリアを見送って、俺と親父はダグラス荒野へと向かう。


「涼一郎、〈転移〉スキルを使う」


「またかよ。……ったく」


 親父が差し出してきた左腕に抱き着いていると、ソフィアさんが目を丸くした。


「りょ、涼一郎? どうして総一郎の腕にしがみついているの?」


「いや、どうしてって〈転移〉スキルって危険なんだろ? 親父がしがみつかないと腕や足が消し飛ぶって」


「確かに未熟な術者ならその危険はあるけど……。総一郎なら触れていなくても任意の対象を――」


「〈転移〉ッ‼」


 何かを言いかけていたソフィアさんが視界から消え、一瞬で目の前にどこまでも続く荒野が広がっていた。


「……おい親父。ソフィアさん今何か言ってなかったか?」


「さあ、気のせいじゃないか?」


 ……本当だろうなぁ?


 どうも誤魔化したようにしか見えねぇけど。


 振り返ると、俺たちが来た時のままの状態で転移門が置いてあった。ここで親父がダークドラゴンを瞬殺したのが、ずいぶんと昔のことのように思える。


「しまった! 〈ゲート〉を仕舞い忘れていた‼」


「忘れていたらまずいのか?」


「当然だ! この〈ゲート〉は我々の世界とこの世界を繋いでいる。つまり、これを通れば自由に往来できるということだ。父さんや会社関係者ならともかく、一般人にはこの世界は危険すぎる」


「よくそんな危険な世界に息子を連れてこようと思ったな」


「父さんが居れば何ら危険はないからな」


 いや俺、昨日殺されかけたんだが?


 まあ、ダークドラゴンに出待ちされていたことに関しては親父のおかげで何ともなかったが。


「それに、この世界には【魔人族】という厄介な連中も居る。奴らに悪用されでもしていたら大変なことになっていただろう」


「魔人族?」


「いわゆる悪魔だ。特に魔王配下のデーモン31柱は厄介な連中でな……。半分は前の転移の際に倒したが、残りは今もこの世界で活動しているはずだ」


 悪魔か。やっぱ勇者や魔王が居るようなファンタジー世界だと当たり前に居るんだな。


 親父ほどの強さの勇者が『厄介』とまで言うのだから相当な手練れなんだろう。


「父さんももう歳だな。昨晩も――」


 親父がぶつぶつ何か言いながら〈ゲート〉を片付け始めたとき、きらりと足元で何かが光ったような気がした。


「なんだこれ」


 しゃがんで手に取ると、キーホルダーのついた一本の鍵だった。


 そのキーホルダーには見覚えがある。


「――ッ⁉」


 どうして、これがここにあるんだよ……。


 赤と青と黄。三色の小さなガラス玉が埋め込まれたキーホルダーは、俺の幼馴染である館川杏璃のオーダーメイド。世界に三つしかない内の一つが、どうしてこんなところに落ちているんだ。


 俺が持っている分はスマホにつけていたから家にあるはず。皆月はスクールバッグにつけていた。鍵に……それも俺の家の合鍵につけていたのは、杏璃だ。


 まさか、扉を通ってこっちの世界に来たのか⁉


ご拝読賜りありがとうございます。

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