対魔貴族の生活はどうみてもブラック③
「王都に行くぞ。早く準備しろ」
「は?」
俺の家に勝手に上がり込んでいたおじさんは開口一番そんなことを言い出した。
俺はあなたがだれかすらわかっていないんですが?
俺が目を白黒させながらおじさんのほうを見ていると、おじさんは苛立たし気に俺をにらみつけてくる。
こんなおじさんににらまれても全然怖くない。
「この愚図が。お前の婚約披露パーティーがあるんだよ」
「あぁ」
そういえば、そんなものもあった。
対魔貴族は国境を守るという国の重要な役割を担っている。
それに、単独で魔の森の化け物を相手できるということはかなりの戦力なのだ。
国としてはそんな戦力を国境付近に置いておいて辺境の近くに領地を持つ貴族とかと結託されては困るのだ。
だが、その性質上、国境付近から動けない。
そのため、対魔貴族は生まれてすぐに高位貴族のいいなずけがつけられる。
なんでも、対魔貴族と最も誕生日が近いものがいいなずけになるのだとか。
これは王命であり、対魔貴族も王族でさえ逆らえないことになっている。
今は野蛮人のような扱いをされている対魔貴族だが昔はもっと扱いが良かったのだろう。
その法律からは何としても対魔貴族を国につなぎとめておこうという思いが感じられる。
まあ、それはさておき、俺の誕生日に一番近く生まれたのが、第三王女のアーなんとか様が俺のいいなずけになったらしい。
そして、この国の成人の年齢である十五歳になる今年に許嫁から正式に婚約者となる婚約披露がされるということだ。
「わかったらサッサと支度しろ。お前みたいな息子は政略結婚の駒としてしか役立たないんだからな!」
おじさんはそういうと馬車隊の中で一番豪華な箱馬車のほうへと歩いていく。
ってか、今気づいたけど、あの馬車が止められてあるところ俺の畑じゃねぇか。
今は何も植えられてないけど、今度植える前にまた耕さないと。
魔道具で簡単に耕せなかったら切れてるところだ。
「いや、待ってください。俺は辺境から離れられませんよ?」
そこで俺は一つ思い出した。
今、対魔貴族は俺しかいない。
そのせいで母さんがぽっくり行ってしまって十歳でこの仕事を継いだのだ。
母さんの時はどうしたのか知らないが、馬車で片道一か月はかかる王都に行くなんて無理だ。
男は振り返らず、馬車に乗り込んでしまった。
おいおい、どうすんだよ。
俺の問いに答えてくれたのは全身鎧の男だった。
「これから二か月は中央軍が魔の森から出てくる魔物を狩ることになる。我が国の中央軍はこんな魔の森の近くの軍と違い精強だ。魔の森から出てくる魔物程度であれば倒すことができるだろう」
「あー。そうですか」
中央軍は数万人はいるらしい。
なんでも隣国との仲が悪いとかで時々小競り合いのようなことをしているのだとか。
その中央軍が出張ってくるのであれば魔の森から出てくる魔物も倒せるだろう。
隣国との小競り合いはどうするのだろうかとか思ったが、その辺は国のえらいさんが何とかするのだろう。
「わかりました。王都に向かいます。いつまでに王都についていればいいですか?」
「恐れ多くもルナンフォルシード伯爵閣下がお前のために馬車を出してくださった。すぐに準備をして馬車に乗れ」
(えー)
正直、馬なんかよりも身体強化して走ったほうが早いから走って王都に行くつもりだった。
だが、おそらく馬車で行かないと品がないとか言われるのだろう。
というか、さっきの男がもしかしてルナンフォルシード伯爵なのだろうか?
もしそうだとすれば、彼は俺が知っている唯一の貴族だ。
というのも、そのルナンフォルシード伯爵なる方が俺の父親だからだ。
母さんとは政略結婚だったらしく、母さんから彼の名前を聞いたことはない。
母さんが死んだ直後も葬式とかもろもろの連絡をしたのだが、「そちらのしたいようにしろ。私は知らない」という短い文章の手紙が来ただけだった。
母さんの葬式にも来なかったのだが俺の婚約披露パーティーには出席するんだな。
おそらく俺の婚約者が王族だからなんだろう。
正直ちょっと面白くないものを感じるが、ここで言ってもしかたないだろう。
俺だって必要な時にしか連絡をしなかったんだ。
俺はできるだけとげとげしくならないように気を付けながら全身鎧の男に返事をする。
「わかりました。すぐに行きましょう」
俺が馬車に向かおうとすると全身鎧の男が俺の前に立ちはだかる。
なんだよ? すぐに出るんじゃなかったのか?
「……おい。まさか、その格好で行くつもりか?」
どうやら、俺の格好がお気に召さないらしい。
まあ、服もズボンも革鎧も自作だから「駄目だ」といわれたら「そうですか」としか返答できないんだが。
母さんのドレスとかは【収納】の中にたくさんあるが、まさかそれを着ていくわけにもいくまい。
「……仕方がない。王都でお前の服を準備してやる。それを着てパーティーに出席しろ」
「何から何まですみませんね」
俺が頭を下げると、全身鎧の男のわきを通り、馬車へと向かった。
「おい。お前の馬車はそれじゃない」
「はい?」
俺がルナンフォルシード伯爵の乗っている馬車の扉に手をかけようとすると、全身鎧の男が俺の肩をつかんで止める。
どうやら俺の乗る馬車は伯爵とは別の馬車らしい。
「お前の乗る馬車はあれだ」
そういって指さされたのは一番最後尾につけられていた荷馬車だった。
箱馬車でないどころかホロ馬車ですらない。
屋根も壁もないふきっさらしだ。
「対魔貴族の野蛮人にはあれで十分だろ」
そういって全身鎧の男は箱馬車に入っていく。
ホロ付きの馬車をのぞいてみると、中には食料や武器などが載せられている。
俺の扱いは荷物以下か。
「……なんか、めっちゃ王都に行きたくなくなってきたんだけど」
俺はこの先に待っているであろう王都での社交を思いながらげんなりした気分で荷馬車の上に乗り込んだ。
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