商人さんがやってきた!⑤
ジーゲさん視点です。
「えーっと。それすべてが『土液』ですか?」
「え? えぇ。領主様にお買い上げいただいたものと同じものですが、これではなかったでしょうか」
「いや、そのー」
私は今回、この街にきた最大の目的である土液についての商談を始めようとしていた。
だが、私のセリフにアリアさんは困ったように私のほうを見る。
これは困った。
『土液』というのは本来貴重なものだ。
手のひらに乗るくらいの小瓶に入った『土液』に金貨数枚の値段が付くのだ。
その『土液』が人の胴ほどの大きさがある瓶になみなみと入っているのだから。
あれだけで城が建つんじゃないだろうか。
「申し訳ありませんが、これは領主様に小瓶一本で小金貨1枚を出していただいたのでそれ以上下げることはできないのです」
「なるほど。そうですか」
『土液』は末端価格で小瓶一本に対して金貨数枚の値段がつくはずだ。
辺境伯はかなり買いたたいたらしいが、まあ、これだけの量の『土液』があれば偽物と疑うのも当然か。
だが、この『土液』を小金貨で買えるのなら、大儲けできる。
私にとってはかなりの商機だ。
ずるいような気もするが、商人は安く買って高く売るのが仕事。
「……アリアさん。その『土液』は高位の錬金術師にしか作れない物で、小瓶一本なら末端価格で金貨数枚の値段がつきます」
「え?」
私は少し考えた後、本当のことを言うことにした。
いっときの利益よりこの人と信頼関係を構築する方が利益になる。
私はそう確信していた。
「おそらく領主様はそれが『土液』と確証が持てなかったので安価で買い取ったのだと思いますが、本来は最低でも金貨一枚以上で取引する物です」
「そんな……。あいつはそんなこと全然……」
「錬金術師様はどこか感覚がずれているところがありますからね。知らなかったのでしょう。その『土液』も軽々とたくさん見せるべきじゃない。それほどの量があればあなたたちを殺してでも奪い取ろうとする者もいるかもしれません」
「そう。ですね。次からは気をつけます」
少し沈んだ様子にアリアさんに対して私はできるだけ優しく微笑みかける。
「次から気をつければ良いんですよ。今回は小瓶一本分だけ買い取らせていただきますね」
「……あの。お願いがあるのですが……」
「? なんでしょう?」
「実は、大きめの錬成鍋を購入したいのです。申し訳ありませんが探していただけないでしょうか?」
「それは……」
錬成鍋はそれこそ城一つ分くらいの価値がある。
「錬成鍋はいくらになるかわかりません。発掘品が出てくるのを待つしかないのでいつ手に入るかもわかりませんし……」
錬成鍋の最大の問題はそこだ。
今の技術では作ることもできないので全て発掘品頼りなのだ。
その発掘品だってそれほどの量があるわけじゃない。
「見つかったときに押さえておいてもらうことはできませんか?」
「間違いなく高価なものになるので、まずこちらで買うことができるかどうか……」
うちの商会はそこまで大きな商会ではない国最大規模の商会であれば錬成鍋を買っておくってことはできるかもしれないが、うちでそれをやろうとすると確実に運転資金が無くなる。
「昔使えていて壊れた物でも良いんです」
「え!? 壊れた物でも良いんですか?」
「えぇ。そう言われています」
なんだろう。
素材としてでも使うのだろうか。
それであれば、最近、錬金術師から押し付け、もとい、下賜していただいた以前使っていた錬成鍋が二つあったはずだ。
それをもってくれば良いだろう。
「それでしたら、二つほど心当たりがありますので、もって参りましょう」
「ほっ。助かります。お代はこの『土液』で払えないでしょうかーー」
「何ですって?」
私は思わず変な声を出してしまう。
あんなガラクタとこの『土液』が等価であるはずがない。
「もちろん、足りない分はこれから作成します。錬成鍋はとても高いですものね。ここにある分は前金としてもっていっていただいて問題ありません」
「……わかりました。承ります」
やはりこのアリアさんは『土液』の正確な値段がわかっていないようだ。
もしかして、その錬金術師の先生はこの『土液』を簡単に作ってしまうのか?
……これはちゃんとした値段を教えないと納得してくれない気がするな。
錬金術師の先生にしっかり査定してもらっておつりは錬成鍋を持って来る時に一緒に返そう。
「いつまでに準備すれば良いでしょうか?」
「そこまで急ぐわけではありません。春になったら王都の方に買いに行こうと思っていたくらいなので」
「わかりました」
できるだけ早く用意しよう。
それから、次来る時までに誰か優秀そうなのを見繕ってここで働く者を用意した方がいいかもしれないな。
物の価値もちゃんとわかってないし他にも有用なものがあるかもしれない。
私はそんなことを思いながら商談を進めた。
***
「良かったんですか? ジーゲさん。もう少し留まって交渉する予定だったんでしょう」
「あぁ。だが、相手が物の価値をちゃんとわかってないんだ。あれじゃあ交渉のしようがない。かと言ってこっちが得ばかりするようだと辺境伯様に目をつけられるからな」
私たちは交渉を軽く切り上げて村を出てきた。
こちらからは金属や香辛料などを買い取ってもらい、向こうからは茶葉を始め、魔の森で取れるいろいろなものを少しずつ売ってもらった。
ホントは数日間腰を据えて交渉して少しでも安く『土液』を手に入れるつもりだったが、その『土液』が別の品の前金という形で全て預かることになってしまったのだ。
これ以上粘っても意味はないだろう。
「まあ、ジーゲさんがそう言うならそれで良いですが」
「それに、どうせすぐにまた行くことになる。春になる前、雪が弱まってきたらもう一度行きたいな」
「えぇ? 正気ですか?」
「あぁ。春になればきっとあの村はかなり注目される。その前にもう少し食い込んでおきたい」
今回は錬成鍋の他にも色々と注文を受けたからこれで繋がりはできたがまだ十分じゃない。
この村はきっと大きな利益を生む。
私はそう確信を持っていた。
今日も二話投稿します。
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