思わぬ人との再会、そして……③
「こちらです」
マーレンが目を覚ますと、誰かの必死そうな声が聞こえてくる。
誰なのか気になるが、目を開けようにも魔物から受けた傷でまぶたを開けることができない。
だが、よく聞いてみると、この声には聞き覚えがある。
おそらく、砦につめていた騎士の一人だ。
ということはマーレンの方に向かってきているのだろう。
案の定、複数の人の気配がマーレンのすぐそばまでやってきた。
「どうか。どうかお願いいたします! マーレンお嬢様は私たちを庇ってこんなに傷ついてしまったのです!」
もしかしたら、また回復魔術をかけるつもりなのかもしれない。無駄なのに……。
何度回復魔術をかけても、このノコギリで切り裂かれるような痛みは消えない。
延命以外の何物にもならないのだ。
「う、うぅ……」
『もうやめてほしい……』そう言おうにも声を出すこともできない。
出るのはうめき声だけだ。
こんな状態が続くくらいならいっそひとおもいに楽にしてほしい。
「(あなたは相変わらずですね)『回復』」
懐かしい声が聞こえたと思った次の瞬間、マーレンはあたたかい何かに包まれた。
その何かはしばらくの間マーレンに降り注いだ後、ゆっくりと消えて行く。
マーレンは、すぐにそれが回復魔術の力だと気づいた。
だが、それは今までの回復魔術とは大きく違っていた。
(痛みが……。消えた?)
今まであった痛みはきれいに消え去っていたからだ。
マーレンは恐る恐る瞼に力を込める。
すると、今まではピクリとも動かなかったまぶたか簡単に上がっていく。
そして、今までは真っ暗だった視界に光が入ってきた。
(うそ)
マーレンは信じられない思いで恐る恐る体を動かしてみる。
上半身を起こしてみると、痛みはなく、すんなりと起き上がることができた。
今まで身動きすることもできなかったのに。
「傷が……」
そのうえ、傷だらけだった体は傷一つ見当たらない。
マーレンはそこでようやく自分のベッドの隣に人が立っていることに気づいた。
「貴女は?」
「ま、マーレン様!」
一人の男性がマーレンに近づいてきた。
彼は確か、砦に詰めていた兵の一人だ。
彼が言うにはマーレンを治療した女性は天誅らしい。
天誅の名前はマーレンも聞いたことがある。
戯れに不治の病を治し、戯れに国を滅ぼす存在。
噂程度で実際に見たのは初めてだが、もし本物なら気分を害してはいけない。
「ありがとうございます」
「いいのですよ。すべては神が決めたことですから」
マーレンはベッドを降りて跪こうとした。
だが、それは天誅の女性に押し止められてしまう。
天誅の女性がそんなことをするのも予想外だが、マーレンにはもっと気になることがあった。
「(……神が決めたこと)? 貴女は、まさ――」
「聖女がいるのはここか!?」
マーレンが今さっき生まれた疑問を確認しようとしたとき、いきなり何者かが天幕に乱入してきた。
声のした方。天幕の入り口を見ると、そこには第二王子が立っていた。
「回復魔術を使いこなす聖女とはお前だな? お前! 俺の嫁になれ!」
(なぁ!!)
王子のセリフにその場が一瞬で凍り付いた。
この王子は教会の、しかも天誅の女性に結婚を申し込んだのだ。
下手したら国と教会で戦争になるかもしれない。
王子の奇行に周りのものもどう手を出していいのかわからずにいる。
だが、王子は自分がそんな大それたことをやっている自覚はないらしく、満面の笑みで近づいてくる。
「ははは。嬉しくて声も出ないか?」
「!!」
王子が一歩近づくと女性は一歩下がる。
見るからに嫌がっている。
「恥ずかしがることはないんだぞ?」
王子はそう言って手を差し伸べる。
しかし、その手は横から入ってきたものにがっしりと掴まれる。
「ん? マーレンか。なんの――」
――パン!
天幕内に乾いた音が響き渡る。
一瞬、何が起きたのかわからなかったが、すぐにマーレンが王子の頬を叩いたのだと気付いた。
マーレンが王子の手を離すと、王子は放心するように後退り、尻餅をつく。
「な、なぁ!?」
「もっと早くにこうしておくべきでした」
「なんだと!?」
王子は狼狽したかのように後ずさる。
どうやら、マーレンに気おされたらしい。
マーレンは大きなため息を吐いた。
「はぁ。王子。女性は貴方の道具じゃないんですよ」
「そんなことわかっている!」
「いいえ。わかっていません。貴方は自分の利益だけを考え、まるで道具のように女性を見ている。そうでなければいきなり求婚なんて無礼な真似できるはずがありません」
「き、貴様! この俺に。なん……無礼だ! 俺は次期国王なんだぞ!」
「『候補』でしょ? しかも今は落ち目の」
マーレンが憐れむような顔で王子をみる。
すると、王子の顔は真っ赤に変わった。
「こ、この――」
「王子! ここではまずいです」
王子と一緒に入ってきた騎士が激昂しかけた王子を止める。
そして、王子に周りを見るように促す。
そこでやっと王子は自分がいるところがどこか思い出したようだ。
この天幕はマーレンの天幕。
当然、まわりには第三王子派の人間しかいない。
しかも、どう見ても王子が悪い状況だ。
この天幕にいる人間の王子を見る目は冷めきっていた。
「く。これで勝ったと思うなよ!」
王子はそう言い残して逃げるように天幕から出て行った。
やはり、この王子は自分が優位に立っていないと何もできない。
(はぁ。それがもっと早くわかっていれば……。いや、今更ね。今はそれよりも)
マーレンはゆっくりと天誅の女性の方を振り返った。




