表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

それ、なあに?

作者: 澄石アラン

ほらーですがこわくないです

「それ、なあに?」


 久々に定時で帰れたこともあり、私は子供のように台所に立つ妻に聞いた。

 妻はまな板のほうに集中して、笑いつつも視線さえくれないまま「秘密。いいから座ってて」と、私をあしらう。

 少し暗い顔を見せてしまったのだろうか、「後で洗い物、頼むから」とフォローが入った。


 私の稼ぎも多くなく、妻は専業主婦ともあり1LDKの古いアパートに暮らす生活がようやく一年を迎えようとしている。

 私も妻も多くを望まず質素を好んだので、裕福とはいえないまでも金銭的な不安はなかった。


 台所とは壁一枚を(へだ)てたリビングで私はテレビを見ていた。


 めりめり、と根菜が分断される音。

 じゅわじゅわ、と炒め物から水気が奪われる音。

 ぽん、と……おやおや、電子レンジで何かが小爆発を起こしたようだった。


 少し慌てた足音が鳴った後、とんとんとんとんと包丁の音がもどってくる。


 今日の夕飯はなんだろう。

 手伝ったほうが良かっただろうか。


 テレビのバラエティー番組もニュースも興味がなく、頭に入らなかった。


「今日は何してたの?」


 手持ち無沙汰(ぶさた)になって、私は妻に取り留めも無く話しかけた。


「別に、何も?」

「何もってことは無いんじゃない?」

「洗濯して、晩御飯の献立を考えて、スーパーに行って買い物をして、夕食の準備をしていたのよ。結構大変なんだから」


 私は家事のことは全くわからなかった。

 少し語調(ごちょう)を強めた妻。

 刺激したくないので話をすることもやめた。


 とうとうやることがなくなり、はじめて疲れを自覚する。

 台所で妻が料理をする気配と、テレビから垂れ流される情報の中、穏やかに気を休めていた。


 ふと。

 自分の目は開いていたはずなのに、世界のほうが(まばた)きをしたような違和感があった。


 ちちっ。ぶーん。

 天井が(うな)る。


 ああ、たまに()()やつだ。

 この古いアパートは電圧が不安定なせいだろう、電灯が瞬きしてわずかに(うな)る。

 最初は不気味だったがあまりにも頻繁(ひんぱん)に起こるので気にならなくなった。

 今は台所で妻が電子レンジや湯沸かし器を使っている。


 私は目を閉じて身体も休めることにした。


 暗闇に入ると、ふと先ほどの妻の態度に意識が向いた。


 妻は最近になってペットが飼いたいといっていた。

 少し前までは子供が欲しいと言っていたのに。

 気が変わってしまったのだろうか。

 無理強いはしないがそれは寂しく思えた。


 私にはよくわからないが家事は大変だ。

 掃除も料理も出来ないと胸を張っていた彼女にとって、相当なストレスだろう。


 今度、意識を台所に寄越したところ。

 それはとても静かだった。

 部屋全体が静かだった。


 そんな中で密やかに床が軋む音、私の足元で布ズレの音がした。

 私はくすぐったい気持ちになりながら寝たフリを続ける。


 しっとりとした、冷たい指先が私の手首を掴んで肩の高さまで持ち上げた。

 次に私の手の平が触れたのは。


 ざらついた糸の束。髪。

 丸み。頭頂部。


 私はゆっくりとその髪を撫でる。


 めりめり。

 じゅわじゅわ。


 ちちっ。ぶーん。


 とんとんとんとん。


 私は――、

 気づかぬふりで――、

 成す術なく――、

 ゆっくりと()()の髪を撫でていた。

「それ」についての考察から逃れられなくなる、呪いの1200文字とでもいいましょうか……

あなたの中から出てくる「それ」が「それ」とでもいいましょうか……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 電灯が瞬いたのを「世界のほうが瞬きをした」と表現したのが、洒落た表現だと感じました。 [一言] 読ませて頂きましたが……すみません、オチが分からなかったです……っ! 下の感想への返信を読ん…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ