変えるべき世界
「なんかさぁ、」
委員会の仕事は終わった。けど俺たちはなんとなく教室に残っていた。夕日がやけに眩しい。俺たちは駄弁るネタも尽きてしばらく無言だった。
「なんかしようぜ?」
友人はそう言った。
「何すんだよ。」
俺はそう聞いた。持っている物は、学校用品。時計はそろそろ、下校時刻。やりたいことは、特にない。物も時間もアイディアもない。
「よし、世界を変えよう。」
友人は突然そう言った。教壇に飛び乗って、バッとチョークを俺に見せつけた。
「これより、世界創造を行う!」
俺は吹き出した。
「変えるんじゃなかったのかよ。」
「まずは変える世界を作る!」
神となった友人は、言っておいて何も考えていなかったらしい。ちょっと悩んだように手を止めてから、にやっと笑って黒板に線を描き始めた。凸型の建物が中央にでかでかと描かれた。
「ここが、我らの王城だ!」
学校の形。俺はそいつのやりたいことがわかって、にやりと笑った。そして同じように黒板に駆け寄り、別のチョークを手に建物を乱立させ始めた。負けじと友人も建物を四角で描き始める。
「小学校!」「消防署!」
「病院!」「動物病院!」
「えー、コンビニ!」「公園!」
「交番!」「秘密基地!」
「墓!」「幽霊屋敷!」
「図書館!」「商店街!」
「なんか高そうなレストラン!」「金持ちが住んでそうな家!」
「えー、よくわかんない建物!」「円筒形の変な塔!」
「あー、あれ!」「どれだよ!」
まっさらだった黒板は当てずっぽうに書かれた四角とも丸ともとれない図形で埋め尽くされ、壮大な地図となっていった。やけにでかい城を真ん中に、やみくもに叫ばれながらやみくもに描き加えられていく大きさも形も変な建物たちに埋め尽くされていく町。神は「住宅街!」と叫びながら黄色いチョークの側面で町全体を塗りたくった。もう一人の神は青いチョークに持ち替えて、精一杯背伸びして学校の上から黒板の角っこに向けて「川!」と叫んで建物を巻き込んで一本の太い線を描いた。
「できた。」
「完成だ。」
2人の神はそう言った。
「これが変えるべき世界だ。」
「これが世界か。」
神たちは祭壇から降りて、歪な地図を眺めた。さっきまで叫びながら描いていた図形が一体どんな建物だったかなんて、もうわからなくなってしまった。それでもこれが俺たちの世界であることだけは間違いなかった。ふと、俺は思った疑問を口にした。
「なんでこの世界を変えなきゃいけないんだ?」
「うーん、闇の魔王がいるからじゃん?」
ありきたりなゲームみたいな設定に俺はちょっと笑った。けどすぐに神妙な顔になって言う。
「なんてことだ。それは一体、どこに現れたのだ?」
神の問いに、もう1人の神も神妙な顔をする。
「ここ。」
「それ俺らじゃん。」
そう言ったその時、下校のチャイムが鳴り響いた。俺たちは驚いて教室のスピーカーを見上げる。
「魔王復活の時が来た。」
神は言った。もう1人の神はちょっと笑いそうになりながら言う。
「大変だ、魔王が復活してしまったなんて。」
「魔王が世界を闇に染める前に、世界を変えなければ。」
俺は思わず、神に聞いた。
「勇者はいないのか?」
「いるかもしれない。」
「一体どこに。」
「わからない。」
終末を告げる鐘が鳴り終わった。突然、神は窓に駆け寄り叫んだ。
「見ろ、魔王の復活に人々が逃げ惑っているぞ!」
ワイワイキャーキャー言いながら学生服が校舎から吐き出されていく。眼下に広がる楽しそうな笑いはさざ波のように去って行く。
「さぁ、魔王の降臨だ、皆の者、ひれ伏せ!」
突然、神だったはずのそいつは教室の中央でポーズを決めた。しかしそれはよくあるヒーローのポーズで、言ってることとのちぐはぐさに俺は笑った。すると魔王は大げさに身を引き、驚いた顔をした。
「貴様、我の姿を見て笑っていられるとは。まさか光の勇者!?ええい、小癪な! 目障りな光など消してくれるわ!すべてを破壊する闇の力で、貴様ごと大地を平 らにしてやる!」
そう言って魔王は叫びながら机をどかし始めた。俺は魔王の前に立ちふさがるように教室の中央に躍り出た。
「そうだ、俺は勇者だ!それ程度の攻撃、この光の力で撃ち返してやる!」
勇者は対抗するように叫びながら机をどかし始める。闇と光が入り混じり、教室の中心から机が取り払われ、そこはむき出しの地面が広がった戦場となる。俺たちは奪い合うようにして掃除用具入れから箒を取り出し、構えた。
「人々を苦しめる闇の魔王め、ここで成敗してくれる!覚悟!」
「光の勇者め、やれるものならやってみろ!」
世界を前に、魔王と勇者の戦いの火ぶたは切って落とされた。剣を交わらせ、しのぎを削り合い、叫びながら戦う。
「食らえ!」
勇者は大きく剣を振り、魔王の腹部を切り裂いた。
「な、なかなかやるな。」
魔王は片膝をつき、斬られた腹部を押さえた。勇者は箒を大きく振り上げた。
「これで終わりだ、食らえ、必殺!・・・ごめん、思いつかなかった。」
勇者はぱこん、と箒を軽く魔王の頭に当てた。ちょっと待て!魔王はそう笑い、ふとひらめいたように突然箒の毛先の方を顔の前に構えて見せた。
「そんな攻撃じゃやられぬ!俺のターン、ドロー!」
ぷつん、と箒の毛先を一本引き抜いた。ブッと吹き出した俺をよそに魔王は叫んだ。
「闇の使者・シドロモドロ召喚!この効果でお前は必殺技をカッコよく言えなくなる!」
抜いた毛先を勇者に突きつけて魔王は叫んだ。その様子に俺は可笑しくなって笑いが止まらなくなった。息ができなくなって、ゲラゲラ笑いながら床に転がる。
「や、やられたぁ、」
「って、おい、勇者!」
そう言ったくせに魔王まで勇者につられて笑い出した。2人して笑いが止まらなくなる。世界の命運を分かつ戦いどころじゃなくなって、世界の真ん中で天井を見上げて魔王と勇者は笑いが引くのを待っていた。
「こうして世界は救われた。」
突然、ナレーションが入った。まだ止まらない笑いに俺はニヤついたまま聞く。
「勇者負けたぞ?」
ナレーションはクツクツ笑いながらこう言い返してきた。
「笑いすぎて仲良くなった魔王と勇者は和解して、魔王は世界侵略とか色々とどうでもよくなった。めで たしめでたし。」
適当すぎる結末に気が抜けて、でもなぜか笑いが止まらない。漂っているチョークの粉やら小さな埃が夕陽で輝いているのを眺め、ようやく落ち着き始めた俺は聞いた。
「世界は変わったのか?」
「魔王の陰謀がなくなったから、世界を変える必要がなくなったな。」
「本来の目的どこ行った。」
「ハッピーエンドで終わったんだからいいじゃん。あと、疲れた。」
それな。そう言って俺は起き上がった。
「片づけるか。」
「そうだな。」
剣を武器庫にしまい、戦場を元に戻し、名残惜しみつつも世界地図を消し始める。
「あ、」
「ん?」
俺は町の一角に家の印を描きこんだ。あー、という声が隣からする。
「俺も、書き忘れた。」
もう一軒、反対の一角に別の家が描きこまれた。ちょっと2人でそれを眺めてから、目配せして、自分たちの家ごと世界を消していく。
「この世界は、」
黒板消しを置き、神は教壇から降りた。
「魔王と勇者の帰るべき世界であったか。」
「なるほど上手い。」
世界を無に帰した黒板を再度眺め、俺たちはにやりと笑い合った。
その時、足音が聞こえた。互いの顔が固まった。ヤバい。バックを背負って教室を飛び出す。
「こら、まだいたのか!」
「魔神だ!逃げろ!」
後ろから追いかけてくる声に友人は叫んだ。俺も叫ぶ。
「魔神に勝つ方法はないのか!?」
「下校時刻を過ぎた時点で我らの負けは確定した!」
「なんだってぇ!?」
ギャーギャーと階段を駆け下り廊下を走り抜け、靴を履き替えた俺たちは城を飛び出した。そして、
「また明日な!」
「また明日!」
俺たちは世界へ帰って行った。
クソくだらないことに楽しいと思うことも、楽しいから笑うことも、恥じる必要はないと思う。