1207:Cyclamen.timid hope
あなたが私を好きなんて
淡い期待を抱かなければよかった。
薄紫の、15:30。
冷たい空気に肌を冷やして
熱い瞳であなたを探す。
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「ねぇ、コーヒー飲める?」
大学の授業の合間、茶色の乾いた髪をふわつかせながら、八重歯をのぞかせ中学生みたいな話をふってくる。いつも元気で突拍子もない真美。
「私夜寝れなくなっちゃうから無理ー!」
「やば!こどもやん!私もー!!!」
誰ともなくふられた話題に長い黒髪をサラサラ振りながら美羽が答える。すかさず真美が合いの手。
私はそれを横目で聴きながら、短く答える。
「私は好きだな。香りが落ち着いて、よく眠れるから。」
「コーヒー飲んで眠れるとか!希、おっとなー!」
いつのまにか乾いた髪を口の端に引っかけたのだろう、前のめりで真美が叫ぶ。
「そうかな、香り成分のピラジンがa波を活性化させてリラックスさせてくれるから眠くなる効果もあるみたい。そっちに意識を集中させれば、慣れれば真美も眠くなるんじゃないかな。」
出来るだけ短く簡潔に説明する。
「ピラジン!?やば、初めて聞いたぁ〜」
小首を傾げながら大きな目を見開いて、朗らかに話す美羽。黒髪が揺れてサラリと音がしたみたい。
「他にもカフェインは血流をよくしてくれたり、ドーパミンの分泌を促して疲労回復を促進してくれるから…」
「ヒラメ筋!?」
「ピ、ラ、ジン〜〜〜!ヒラメ筋て!」
真美のありえない言い間違いをしっかり美羽が訂正する。
「そういえば今日どこ飲み行く!?」
「魚食べる〜!」
ヒラメ筋に引きずられてる…。
魚系居酒屋‥さくら水産かな。
「誰くるかな?」
真美と美羽はもう別の話題にシフトしてしまった。
ふと目線を上げると薄い金髪が目に入った。
高い天井から温室のような曇りガラスで柔らかくなった日射しが彼女に降り注いでる。
濃いピンクと薄いグレーのファーカーディガン
胸元が開いたシャツに首元には白いリボン
ダメージがすごいショートパンツに
幾何学模様のカラータイツ
厚底の重そうなレースアップブーツ
どんなセンス。
薄い肌に灰色の瞳。
軽く笑うピンクの唇。
人工的なメイクが似合うハッキリした顔立ち。
雪さんだ。
ゆっくり近づいてくる。
「希ちゃんも、飲み行く?」
冷えた空気をすり抜けて
私の耳にだけ届くような静かな声。
話しかけられて見つめていたことに気づく。
「あ、うん、私は…今日は予定ないな。」
思わず目をそらしながら、
今日の予定を必死に思い出して答える。
「じゃ、また夜だね!」
とても嬉しそうに無邪気に笑う。
まだ肯定はしてないのだけど…。
金髪がまぶしい。
私は一生しないな。
いや、一度くらいならしてみたいかも。
でも私に金髪…似合うかな?
「あ、雪!今日行くー?てか!今日も!すごー!」
もともと大きな目をもっと大きく見開いて、
美羽が叫ぶ。
「え、そう?派手…?あ、行くよ!」
心底不思議そうに首を傾け、
愛しそうに着ているファーを撫でながら答える。
派手を通り越して、なんかすごい。
「ほんとー!?めずらしー!!!」
いつも通り美羽が大袈裟に叫ぶ。
この子美人だけどちょっと声が大きい。
美人は好きだけど、
声が大きい人は少し苦手だ。
まぁだからといってどうということもないんだけど。
それよりも。
「めずらしいんだ…」
なんとなくさっきの無邪気な笑顔を反芻する。
「めずらしーよ!むしろ雪を見るのもめずらしい!」
「今年初雪じゃね!?」
「雪、降るといいね」
雪が嬉しそうに笑う。
軽やかに話題をそらしてる。
「え、もう年末…」
雪さん、大学来てなかったのかな?
いったいどんな人なんだろう…。
美羽と真美と同じサークルに入ってるらしいから、顔を合わせたことはあるけど、私はサークルに入ってないから会う機会は少ない。
うちの大学にはあまり派手な人はいないから、金髪なだけで目立つ。それに加えて無機質な顔立ちに特徴的なファッション。遊んでて単位を落とすタイプかな。
「希も来る?」
想像を巡らせていると、いつのまにか目の前に美羽がいた。
顔が近い。毛穴がない。ツルツルのピンクの肌にちょっと息を飲む。
「え、でも私、部外者だけど…」
部外者が突然サークル飲みに参加して良いのだろうか?
「全然いいよ〜!今日の飲みゆるいし!」
飲み会にゆるいもゆるくないもあるのだろうかと思いつつ…
「じゃあ、お邪魔しようかしら」
我ながら控えめに目線をそらしつつ答える。
「ぉしゃー!じゃ決まりね!LINEする〜」
このサークルの人たちは少々強引な人が多いのかしら。
‥雪さんと飲むのか、今日。
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まだあの日から1週間も経ってない。
ずっと昔のような、昨日のことのような
不思議な感覚から抜け出せない。
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「ゆき!おっそー!」
甲高い声で美羽が叫ぶ。
大学から駅に向かう途中にある大衆居酒屋の地下。
サークルメンバー5人と私ひとり、個室。
今日のメンバーがそろって宴が始まった
と思った頃に雪さんはやってきた。
「はぁい」
集合時間は18時。
もう19時になろうとするのに、
雪さんは悪びれる素振りもなくゆっくり手を振る。
「6限だったん!?」
元気に真美が聞く。
6限は18時まで。
大学からここまでは大目にみて30分。
気を遣って遅刻の理由を聞いたのだろう。
「いや、喫煙所にいたら18:30になってたわ!」
意味がわからない。
「違うんかい!何飲む?」
慣れた調子でおしゃれな細長い男の子がツッコム。
確か名前は、つとむ?くん。
会話のテンポにいまいちついていけない。
あまり人付き合いは得意じゃない。
慣れた2人がいるとはいえ、今はサークルノリ。
状況をつかむのがやっとだ。
「希ちゃん、来てくれたんだ。よかった。」
スルリと猫のように私のとなりに滑りこむ。
「あ、うん、バイトなかったし…」
雪さんのことを知りたかった。
ずっと前から気になってはいたのだ。
まさか名前を覚えててくれて、
誘ってくれるなんて思ってもなかったから、
つい来てしまったというのが本音だ。
まぁ、きっと雪さんはノリも軽いし、
誘ったつもりもないのだろうけど…
「飲んでみたかったんだ!無理矢理誘っちゃってごめんね!」
なんの気なしに明るく満面の笑みで雪さんが言う。
やめて。嬉しすぎる。顔が近い。
「え、そんな、ありがとう…」
そんなストレートに。
急に意識してしまった。
なんだか身体の距離も近い。
居酒屋の個室が狭いからか。