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双神の騎士  作者: 柏木椎菜


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七話

「――では、出発するぞ」

 カインツの号令で班ごとに分かれた隊は、持ち場に向けてそれぞれ天幕から宿場町へ下っていく。そのカインツも、いつもの部下達と共に人で溢れる宿場町の通りへ向かっていった。

 春の絶頂は過ぎ、穏やかな暖かさの中で日光の強さが増し始めた季節となっていた。晴れた日は長く歩いていると汗が滲み、喉が渇くほどだが、今日は朝から頭上に多くの雲が漂っていた。すぐに雨が降るような曇天ではなかったが、太陽が隠されて少し肌寒い天気だった。しかし一日中見回って歩く騎士にはちょうどいい天気とも言える。

「今日は西の街道の巡回か……あっちは何もないんだよな」

「空が曇っててよかったよ。晴れてたら直射日光浴びて干からびてたかも」

「聖地は本当に殺風景だよな。道に木一本すら生えてないんだからさ」

「でももうすぐここを離れると思うと、少し名残惜しくもないか?」

「全然。俺は早くバロッサに帰りたいね」

「同感だ。お前が名残惜しいと思ってるのは、この間一緒に酒を飲んでた女のことだけだろう?」

「あの時の女は関係ない。結局あの後、逃げられたし……」

「逃げられた? ははっ、情けないやつ!」

「うるさい! そんなに好みじゃなかったし、向こうから消えてくれて好都合だったよ」

「強がるねえ。泣きながら愚痴ってもいいんだぞ」

「泣くか! 馬鹿」

 部下達はいつものようにわいわいとしゃべって盛り上がっていた。そろそろ任務期間の半年が経とうとしており、皆聖地の生活にはすっかり慣れていた。仕事で疲れるばかりでなく、その中には楽しかった出来事もあるわけで、部下が名残惜しいと言った気持ちもよくわかる。だがカインツも早くバロッサの町へ帰りたいと思う一人だった。理由はやはり妻のカタリナだ。任務についてから何通もの手紙のやり取りでお互いの様子を報告し合い、何の異常もないことはわかっているのだが、カインツは自分の目でカタリナを見るまでは安心も満足もできなかった。こんなことを部下に言えば、また怒濤のからかいの的になるのは確実なので、カインツは部下の話には入らず、ただ黙って見守ることに徹するのだった。

 今日の任務範囲である西の街道は、宿場町を通り抜けていく必要がある。天幕のある山のふもとを下ったカインツ一行は、朝でも人でごった返す通りに入っていく。様々な店や屋台が並ぶ道は、季節が変わってもまるで変わらないにぎわいを見せている。朝食を食べに来た親子、宿を出て神殿へ向かう巡礼者、大声で値切る客――目に入るものすべてが、喧騒に包まれたここでの日常なのだ。そんな当たり前になった景色の中を、カインツは西の街道へ向けて右に曲がろうとした。

「……?」

 それは一瞬だった。何気なく、進行方向とは逆の左の道に目を向けた時、行き交う人々の間からこちらを見る目があって、カインツはその視線とかち合った。その瞬間、相手は驚いたように人波の中へ消えていく。わずかに見えた後ろ姿はまだ小さく、子供のように見えた。

「……隊長、街道はこっちですよ」

 反対側の道を眺めるカインツに、ヘルベルトは促す。

「ああ……」

 返事はしたものの、カインツの足は動かなかった。なぜだかわからないが、目が合って驚いた顔が妙に引っ掛かっていた。独りで遊んでいた単なる子供かもしれないが、そうだとしたら、目が合っただけであんなに驚くだろうか。しかもすぐに去っていった。カインツの目から逃れるように……。

「……隊長?」

 怪訝な声で再びヘルベルトが呼んだ。

「……悪い。先に向かってくれ。すぐに行く」

「何かあったんですか?」

「少し気になることがな……おそらく大したことではないから、気にせず行ってくれ」

「お独りで平気ですか?」

「大丈夫だ。すまないな」

「いえ……では、先に向かいます……」

 気にする様子を見せつつも、ヘルベルトは他の部下達と右の道を曲がっていった。その姿が見えなくなる前に、カインツも去った子供を追って左の道へ向かった。

 この辺りは日用品や金物が多く売られている通りで、軒先には商品の鍋やほうきなどがまとめて置かれている。そのせいで歩ける道幅が狭く、混雑する中では人とすれ違うのもやっとだった。それでもどうにか進みながらカインツは子供の姿を捜したが、見えるのは大人ばかりで、子供の声すら聞こえてこない。この辺りに住んでいるなら、もう家に帰ってしまったのかもしれない――そう思いながらも、人波に流されるように歩いていると、店と店の間に細い路地を見つけ、カインツは息苦しい通りから抜けて、その前で足を止めた。

 人一人が通れる薄暗い路地。土の地面には大小の石が転がり、壁際にはくしゃくしゃになった紙くずが捨てられている。人影はなく、きっと宿場町の住人しか使わない道なのだろう。ここで子供を見つけられるかは半信半疑だったが、せっかく見つけたのだしと、カインツは行ってみることにした。

 大勢の客でにぎわう表の通りとは打って変わって、路地の先にはいくつもの民家がひしめき合って並んでいた。両手を左右に広げれば、右と左の家に悠々と手が届くほど狭い空間だ。そんな路地は四方へ伸び、その先でもまた四方へ伸びと、まるで迷路のような複雑さを増していく。これにカインツは迷いそうな予感を覚え、進ませる足をためらって踵を返そうかと思い始めた。が、その時だった。

 ほど近いところから、タッタッタッと軽快に走る足音が響いてきた。しかも複数だ。喧騒から離れた路地裏ではその音がよく聞こえる。軽やかな足音は時折止まってはまた走るなど一定ではなかった。追いかけっこでもして無邪気に駆け回っているような印象がある。

「子供……?」

 カインツにはそんな足音に聞こえていた。先ほどの子供だろうか――そう思いながら音の聞こえる路地へ静かに向かった時、その姿は急に現れた。

「……っあ!」

 十字路の左から飛び出してきた少年は、カインツに気付くと小さな声を上げて、すぐさま道を引き返して走り去っていく――表の通りで目が合った子供に違いなかった。

「待ちなさい」

 そう言っても止まらない子供をカインツは追いかけた。先には二つのやせ細った背中が見える。十歳前後と思われる二人は、共に薄汚れた服装で、髪は伸びてばさばさに乱れている。普段あまり姿は見かけないものの、各地には浮浪児がいる。見た目からするとその類のようにも思えるが、そうだとしたら聖地で見かけるのは珍しいことだった。

「こっちだ!」

 子供は仲間と共に路地を曲がる。その後をカインツは冷静に追いかけていく。向こうは所詮子供なわけで、その足は決して速くはない。路地をジグザグに進みながら、カインツは距離を詰める機会をうかがう。

 さらに奥へと逃げる子供達だったが、追われる焦りからか、ここで進む道を誤った。右折した先は民家の壁に囲まれた袋小路で、二人は急停止して引き返そうとする。だが、そこにはすでにカインツが立ち塞がっていた。二人は身を寄せ合い、行き止まりの壁際まで後ずさりする。

「ふう……やっと止まってくれたか」

 呼吸を整えながら近付いてくるカインツに、二人の子供は表情を硬くして睨んでくる。

「取って食ったりなどしない。そんなに警戒するな」

 緊張をほぐそうと優しく話しかけても、子供達の眼差しは変わらなかった。カインツは仕方なく距離を開けて立ち止まる。

「……君達はおそらく、兄弟でも双子でもないのだろうな」

 これに二人は揃ってカインツから顔をそらした。二人が身を寄せ合った時、カインツはその顔に同じ傷跡があることに気付いていた。黒く薄汚れていて見えづらくはあったが、左頬の下辺りに、縦に切ったような大きな傷跡が見えていた。寸分の違いもない位置に……。

「お願い、見逃して!」

 少年は懇願する目で叫んだ。それをカインツは見据えて聞く。

「親はどこにいる」

「ずっと前に……死んだ」

「面倒を見てくれる者は?」

「そんなのいないよ。俺はずっと独りで生きてきたんだ」

「独りで? どうやって」

「優しい人にいろいろ貰ったり、畑に捨てられた野菜を食べたり……」

 その生活は、やはり浮浪児のものだった。この少年は身寄りがなく、独りで生きるしかなかったのだろう。だが、この国はそんな子供を無視するほど冷たくはない。

「各地の教会には、君のように身寄りのない子供達が多く暮らしている。そこへ行けば食べることも寝ることにも苦労せず、面倒を見てくれる」

 双神の教えに従い、宗教施設では家を失った者や孤児など、生活に困窮している者を引き取り、一時的に面倒を見ることが義務付けられていた。なので身寄りのない子供でも、教会へ行けば当面の生活は保証される。浮浪児の数が少ないのはこういう仕組みがあるからだ。ちなみに、ここ聖地での場合は、さすがに神殿で面倒は見られないため、一番近い教会などに引き取ってもらうことになっている。

「もうこんな生活をする必要はない。私が案内して――」

「嫌だ。行かない」

 二人は両足を踏ん張り、絶対に動かない意思を見せる。

「……君も、いつまでもこのままでいいとは思わないだろう」

「教会に行くくらいなら、このままでいい」

「なぜ教会を嫌う? 彼らは君を助けてくれるんだぞ」

 すると、右側に立つ少年はカインツをぎろりと睨み据えた。

「お前は、騎士なんだろ」

「そうだが」

「知ってるんだ。騎士は、偽者を教会に連れてって殺すんだ。そんなの絶対に嫌だ」

「君は、偽者と離れたくないということか?」

 これに少年は力強くうなずいて見せる。

「中身が、悪魔だとしても、か?」

「こいつは悪魔なんかじゃない!」

 少年は語気を荒らげて叫んだ。

「親も、友達もいなくて寂しかったけど、こいつが現れてからすごく楽しいんだ。気が合って、俺のことわかってくれて、友達……じゃない。家族なんだ。もう俺の家族なんだ!」

「違う。偽者は人の何にもなり得ない。存在してはならない者なんだ」

「違うのはそっちだ! こいつは俺に悪いことなんか一度もしたことない。食べ物を分けてくれたり、毛布を貸してくれたり、いいことしかしてないんだ。これのどこが悪魔なんだよ。こいつは人だ。俺と同じ人なんだってば!」

 二人はお互いの手をつなぎ、そこに力を込める。

「教会に行ってこいつが殺されるなら、俺は今のままでいい。また独りになったら、寂しいだけなんだ。そんなの、嫌だ……」

 感極まったのか、少年の目は涙ぐみ始めた。それをもう一人の少年はのぞき込み、慰めるように頭を優しく撫でる。そんな姿にカインツは、これは自分が泣かせてしまったのだろうかと、わずかな罪悪感を覚えるが、この子には現実を知ってもらわなければならないと、平静を保って言った。

「……そんな君の寂しさに偽者はいずれ付け込む。気持ちはわかるが、悪魔と一緒にいさせることは――」

「俺の気持ちなんて、全然わかってないよ! こいつとずっといたいんだ。俺は……」

 少年の頬に涙の筋が伝う。純粋で透明な雫は、ぽとりと土の地面に吸い込まれていった。

「お願いだから、見逃して。離れたくない。一緒にいさせて!」

 泣きじゃくり始めた少年は、おもむろにカインツに走り寄ってくると、両腕をつかんで揺らしながら言った。

「こいつを殺さないんなら、何でもするから!」

「何でもって、おい……」

「お前の言うこと聞くから! だから、見逃してよ!」

 涙と鼻水で濡れた必死な顔がカインツを見上げてくる。つかんだ両腕を揺らして、少年は自分の気持ちを訴え続けた。

「俺にはもう誰もいないんだよ。側にいてくれる人なんていないんだ。寂しいのをわかってくれる人は……もう、こいつだけなんだよ。こいつが最後なんだよ! 俺から大事な人を取らないで。あの時みたいな気持ちになりたくないんだ。お願いだから……」

 少年はしゃくり上げながらうつむくと、ずるずるとその場に崩れ落ちた。膝を付いて泣き続けるその姿を、カインツは困惑の目で見下ろす。

「……俺も、何でもする」

 声に視線を上げると、もう一人の少年がゆっくりと歩み寄ってきた。

「こいつと一緒にいさせてくれるなら、俺もお前の言うこと何でも聞くから!」

「私は君達に何も求めはしない」

「じゃあ、見逃してくれるのか?」

「それは……私は騎士だ。そういうわけには――」

「それなら、俺達二人とも殺してよ」

 正面に立った少年は、意を決した力強い眼差しでカインツを見つめた。

「一緒にいられないなら、独りでなんかいたくない。大事な人を取られて、会えなくなるなら、俺はもう生きたくない!」

 そう言った少年は、泣いているもう一人の少年をひしと抱き締めた。

「殺せよ。偽者は悪魔なんだろ? でも俺は絶対にこいつから離れない!」

 ぎゅっと目を瞑り、カインツが動くのを少年は待っている。それを複雑な表情を浮かべてカインツは見つめていた。騎士としては、偽者を排除することが任務であり、義務でもある。しかし、それは修道会の見解に沿ったもので、そこに偽者が悪魔だと確信できるものは何も示されてはいない――騎士がその信条を疑うことは決して許されないのだろう。だが、カインツは今、その信条を大きく揺さぶられていた。

 この二人のうち、どちらかは偽者――つまり悪魔と見なされる。しかし、これまで現れた偽者で、悪事や犯罪を起こした者は少数だった。大半は当人と同じような平穏な生活を送ろうとしていた。もしかすると、そう装っていただけなのかもしれないが、少なくとも偽者が重大な罪を犯した事例はまだ聞いていなかった。悪魔らしからぬ悪魔――それを、完全に悪魔と決めてしまっていいのだろうか。偽者を悪魔と信じきる者は、いずれ人間は偽者から被害を受けると怖がっているが、現実は違う。偽者は、当人と同じ考えを持ち、行動をし、時には良き理解者となり心の支えにもなっている。この目の前の少年のように……。

 その態度が、たとえ悪魔の意図したものだとしても、孤独な少年は必要としているのだ。偽者という存在を。それを引きはがし、再び孤独に戻すことは、彼にとって果たしていいことをしたと言えるのだろうか。偽者は悪魔だと言い切れればいい。だが、抵抗し泣きじゃくる少年を見ていると、カインツはその思いに疑いを生じさせた。双神を信仰する人生で、初めて抱いた疑問だった。

『偽者は本当に悪魔なのだろうか』

 宗教学者ニーマイヤーが言っていたことを、まさか自分が考えることになるとは――カインツは自身の思考に驚き、そして足下で膝を付いて抱き合う二人の子供を見下ろした。しゃくり上げる少年を、もう一方の少年が抱き、背中を優しくさすっていた。親を失ってから、きっと辛いことが山ほどあったに違いない。誰にも頼れず、心も開けず、小さな身で孤独と闘ってきたのだろう。そこに現れた自分そっくりな偽者と出会って、どれほど心強く感じたものか、カインツにも想像はつく。子供が相手だからか、もしかしたら同情でもしているのかもしれない。だが自分が騎士であることも意識しなくてはならない。偽者の排除は重要な任務なのだ。そう思う一方で、排除をすれば少年をまた孤独に突き落すことにならないかとも思う。騎士の立場か、人としての立場か――カインツは揺れる思考の中で葛藤した。

「早くその剣で殺せ!」

 見下ろすばかりのカインツに、少年は刺すような視線を向けて言った。そこには子供ながら、かたくなな意思を前面に表している。それを見つめ、受け取ったカインツは、一度目を閉じると、再び少年を見据えて言った。

「……もういい。行きなさい」

「え……?」

 ぽかんと口を開け、意味がわからないと言いたそうに見てくる少年の横を通り過ぎ、カインツは背中を向けたまま言う。

「私が見ていないうちに、好きなところへ行くんだ」

「見逃して、くれるの?」

 カインツは奥歯をぐっと噛み締めた。

「早く行け。気が変わってしまうぞ」

「あ……ありがとう! 本当に、ありがとう!」

 カインツは目を瞑り、背後の音に耳を澄ます。弱くなった泣き声と共に、二人の足音がばたばたと動き、やがて路地の彼方へ消えていった。そして、辺りには薄暗い静寂が戻ってくる。

 目を開けたカインツは頭上を見上げた。朝から曇っていた空だが、それからまた雲が増えているようだった。まるでカインツの心境を映す鏡にも思えた。自分で決めたことだが、どうにも心は晴れず、もやもやしたものが残っている。これでよかったのだろうか。偽者を見逃したことで、あの子供は不幸にならないだろうか。やはり騎士として任務を果たすべきだったろうか――自分の選択を肯定したいが、迷っていた心は後悔へと傾いていく。カインツは大きく息を吐き、踵を返す。その胸には、黒く重い何かがのしかかっていた。

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