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双神の騎士  作者: 柏木椎菜


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一話

 誰もが寝静まっているであろう真夜中、暗闇の道をひづめの音を立ててやってくる集団があった。手綱を操る男を先頭に、その後ろを十人前後の男達が列を組んで続く。林の中の道を抜けると、辺りにはいくつもの畑が広がっていた。しかし冬の今は育てる作物はなく、どこも雑草だけの殺風景な眺めだった。

 時折、冷たい風が正面から吹いてきて、先頭を行く男の首筋を撫でていく。ひやっとした寒さで鳥肌が立つが、男は顔には出さず、黙々と馬を進ませる。と、その風に混じって別の冷たいものが肌に当たった。それは次第に数を増していく。

「……降ってきたか」

 男はちらと頭上を見上げて呟いた。星も月も見えない曇天模様の下、いつ降ってきてもおかしくはなかったが、とうとう降ってくると男は小さな溜息を吐いた。寒い上に全身が濡れ、鉄製の装備や腰の剣も濡れる。雨に降られると、これらの手入れを必ずしなければならないのだ。さらには雨で道が緩み、こういう舗装のされていない田舎道だと泥が跳ねて足下は汚れる。馬のひづめの音には早くも水を含んだぐちゃぐちゃという音が混じり始めていて、男は泥にまみれるのを覚悟するしかなかった。

「まったく、タイミングが悪いですね」

 後ろを歩く部下の一人が愚痴った。これに男は特に何も言わず、ただ口の端で笑った。ここへ来ることになったのは、男達が帰宅しようとしていた直前のことで、部下はそのことを言っていた。本当なら今頃は自宅へ帰って休んでいるはずだったのだが、深夜に、しかも雨の中という状況に、思わず愚痴りたい気持ちは男も理解できた。だがこれが男達の任務であり、無視して帰るというわけにはいかないのだ。

 真っ暗な小雨の道をしばらく進んでいくと、前方に小さな明かりが揺れるのが見えた。

「村人でしょうか」

 後ろの部下が言った。さらに近付くと、農民と思われる小柄な男がランプを高い位置で揺らして男達を呼んでいた。

「騎士の方々ですか?」

 駆け寄ってきた農民に、男は馬から降りながら言った。

「地区隊長のカインツだ。知らせはどこの村だ」

「このすぐ先の村です。皆、待っております」

「わかった。馬を頼めるか」

 カインツは農民に手綱を渡すと、部下達に目で合図をして道を奥へ突き進んだ。

 雨で緩んだ道を行くと、無数の明かりに照らされた建物が見えてきた。そして村の入り口に着くと、数人の村人が不安げな表情を浮かべて立ち尽くしていた。だがカインツ達に気付くと、少し安堵した表情に変わり、歩み寄ってきた。

「お待ちしておりました」

「どうにかしてください。もう怖くて……」

「早く、お願いします」

 口々に言う村人を制してカインツは聞いた。

「どこにいる。案内してくれ」

「こ、こっちです」

 村人の一人が先導して走り出す。その後をカインツ達は付いていった。

 真夜中だというのに、多くの村人が家の外に出ていた。寝巻姿の者もいる。小雨に降られても、起こっている騒ぎが気になるのだ。その顔は一様に不安に満ちている。そんな様子を横目に、カインツ達は村の奥へと向かう。

「あそこです。あそこに今……」

 案内した村人は視線の先を指差した。そこにはランプやたいまつを持った村の男達が大勢集まっており、それで照らし出された小屋を取り囲んでいた。

 すると、その中の一人の男がカインツに近付いてきた。

「やっと来てくださいましたか」

 恰幅のいい中年の男は安堵したように言う。

「……あの中にいるのか?」

「はい。三時間ほど前に、あの納屋の中に逃げ込んで……。それからずっと男達で見張っています」

「被害は?」

「幸い何も。現れてから見つけるまでがすぐだったので」

「そうか……。当人は誰だ」

「私、です」

 中年の男は少し戸惑い気味に答えた。

「では、その時の状況を説明してくれ」

「はい……夕方、仕事を終えて、仲間とその家で集まって飲んでいたんです。三、四時間くらいでした。そろそろ帰らないと女房に怒られるからと、お開きにしようとしていた時に、急に玄関が開いて……見たら、自分が立っていたんです。驚いて固まっていると、仲間の誰かが捕まえろと叫んで、それで我に返りました。全員で向かっていったら、やつは怖がって逃げ出して、その納屋に隠れたんです。引っ張り出そうとしても、内側から扉を閉めてしまったようで、それからずっと閉じこもったままでいます」

「じゃあ、あなたが本人だと証明できる人物はいるんだな」

「はい。一緒に飲んでいた仲間ならそこにいます」

 男は納屋を見張る村人達に目をやった。その中に飲み仲間がいるらしい。カインツはそれなら確かめるまでもないと、最後の質問をした。

「念のために聞くが、あなたは双子ではないな?」

「違います。私に兄弟はいません」

 それを聞いてカインツはすぐさま部下達に振り返った。

「対象を偽者と確定した。今から排除行動に移る。偽者は今、あの納屋に立てこもっている。包囲する者と村人を避難させる者とに分かれ、すみやかに移動しろ」

 隊長の指示に、部下達は素早く動いていく。納屋を見張っていた村人達を遠ざけると、小さな納屋をぐるりと取り囲んでいく。蟻一匹逃がさない態勢を整える。

「隊長、ここに窓がありますが」

 部下に言われ、カインツは納屋の横に回り込んだ。見ると、内側から押し開ける小さな木の窓があった。大人の男でも、無理をすればぎりぎり通れそうな、微妙な大きさの窓に、カインツはしばし考えると、部下に耳打ちした。

「私が正面から威嚇して、ここから逃げるように仕向ける。そこを捕まえるんだ」

 わかりましたとうなずく部下を見て、カインツは納屋の正面に向かう。仁王立ちで向かい合うと、見えない中の人物に大声で呼びかけた。

「自分の意思で出てくるなら今の内だ。そうしないなら、我々は容赦しない」

 暗闇にカインツの声が吸い込まれる。小雨の降る音を聞きながら十秒ほど待つが、納屋の中からは何の動きも感じられなかった。その様子に腰の剣を抜いたカインツは、後方に立つ中年の男に聞く。

「扉を壊させてもらうが、いいか」

「構いません。状況が状況ですから」

 許可を貰い、カインツは部下に指示した。

「突入しろ」

 剣を片手に、二人の部下が納屋の正面に向かう。そして内側から堅く閉じられた扉に思い切り剣を突き立てた。年数が経ってもろくなり始めていた木製の扉は、二本の剣でこじ開けられ、簡単にその役目を失った。ぼろぼろになって退けられた扉を踏んでカインツが中に踏み込むと、埃っぽい空気と臭いの奥に、うずくまる黒い影が見えた。

「ひっ!」

 壁際にへばり付きながら、人影は怯えた声を上げた。その周りにはバケツやら農具などが所狭しと置かれている。入り口をカインツが押さえている以上、もう逃げ道はなかった。頭上の小さな窓を除けば……。

「大人しくこちらへ来い」

 カインツが一歩前に出ると、人影はもう下がれない壁に体を押し付ける。

「このままここで暮らすつもりか? 観念しろ」

「し、死にたくない!」

 人影はひどく焦った声で言った。その様子からかなり動転しているようだった。こういう時の人はどんな行動を取るかわからない。いきなり襲いかかってくる場合もある。それならそれでカインツには反撃する用意もあったが、納屋の中を血まみれにしてしまうのは村人に対して少々迷惑かとも思い、あまり刺激はせずに、相手にまだ逃げ道があることをそれとなく教えるためにカインツは話しかける。

「もう終わりだ。入り口には私がいる。見回してみろ。どこから逃げられると思うんだ」

 そう言うと、人影の頭がきょろきょろと周囲を見回した。そして、はっとしたように自分の頭上の窓を見つけた。思い通りの行動をしてくれたことに、カインツは続ける。

「いさぎよく降参しろ。さあ……」

 じりじりと距離を詰めてくるカインツに、人影は立ち上がり、おろおろと足踏みする。

「……く、来るな……死ぬなんて絶対……!」

 その頭が一瞬窓を見上げた次の時、人影は足下に転がっていたバケツをカインツ目がけて勢いよく蹴飛ばした。ガンッと大きな音が響き、バケツは咄嗟に出した剣に当たって落ちた。

「くっ……おい!」

 カインツが視線を戻すと、人影は農具を踏み台にして小さな窓を開けたところだった。そして上半身を窓枠にねじ込む――上手く誘導ができた。これで後は外の部下が捕まえてくれるだろうとカインツは相手が逃げ切るのを見届けようと思った。が、その相手は窓に上半身を突っ込んだまま、なぜか動きが止まっていた。何だ? としばらく相手の無様な姿を眺めていると、外から部下の声が聞こえた。

「隊長、引っ掛かって抜けません!」

「はあ……?」

 カインツは急いで外側へ向かう。と、そこには窓から上半身だけ見せる中年の男と、その腕を引っ張っている部下の姿があった。

「は、放せ! 死にたくないんだ!」

「黙れ。その前にその腹を引っ込めろ」

 手を振りほどこうとする男と、そうはさせまいと腕をつかむ部下とで言い合っていた。どうやら男の太い腹が引っ掛かっているらしい。

「……手伝おう」

 カインツは剣を納めると、部下と一緒に息を合わせ、片腕ずつを引っ張った。うめき声を上げる男には構わず、力尽くで引っ張ると、小さな窓からずるっと、男の全身がようやく抜けた。

 濡れた地面に倒れ込んだ中年の男は、泥の汚れも気にせず、ひざまずいてカインツを見上げた。

「やめ……やめてくれ! 私が何をしたっていうんだ!」

 中年の男は必死の形相で叫ぶ。その姿をカインツは確認するように見つめた。髪や顔、体形から服装に至るまで、すべてが先ほど会った中年の男と同じだった。一見すれば双子の兄弟のように見えるが、そうではないことは確認済みだ。納屋から離れたところに立つ本物の男は、自分とまったく同じ顔の男を不安げに眺めていた。

「私は何もしていない! 何の罪も犯していないんだ!」

 男は顔を赤くしながら、雨が入りそうなほど大口を開けて訴える。それをカインツと部下はじっと見下ろしていた。

「それなのに、何で殺されなきゃならない! 説明してくれ!」

「それは、お前がこの世界に存在してはならないからだ」

 カインツの静かな声に、男の目が見開く。

「誰が、誰がそんなことを決めた! 私は、自分の意思でここに存在しているんじゃないんだ。神から生を受けて――」

「長話はいい。お前が偽者なのはすでに判明しているんだ」

「違う! 私は偽者なんかじゃない! この村で生まれて、家族と共に――」

「神が創られた世界を汚し、人になりすまして人心を惑わす悪魔は、神に代わって我らが排除する」

 カインツは再び剣を抜いた。

「まっ、待ってくれ! 私は悪魔じゃない!」

 両手を突き出し、懸命に否定する男にカインツは迫る。

「偽者は、皆そう言う」

 柄を握り締めたカインツは、剣先を男に向けて構える。

「やめてくれ! お願いだ! 偽者じゃない! 私はちが――」

 すっと突き出された剣は、男の心臓を真上から貫いた。瞬間、男の呼吸は止まり、ゆっくりと視線がカインツを見上げた。最後に何かを訴えるような眼差しを向けたが、それもすぐに力が抜けると、男はうなだれる姿勢で動かなくなった。カインツが剣を引き抜くと、男は体を揺らして仰向けに倒れた。刺した傷口からは鮮血が流れ、服と地面を染めていく。しかし強くなり始めた雨が血だまりの赤を薄めていく。カインツの剣に付いた血も、降り注ぐ雨粒が洗い流そうとしていた。

「本降りになってきましたね」

 部下が暗い空をちらと見上げて言った。

「そうだな……これじゃ火は付けられないか」

 そう言いながら納屋の正面に戻ると、強い雨にもかかわらず、村人達は見守り続けていた。そしてカインツを見ると、中年の男が歩み寄ってきた。

「無事、排除はできたんでしょうか」

「もう大丈夫だ。息の根を止めた」

 これに中年の男は安堵の表情を浮かべ、後ろの村人達に振り返る。その笑顔を見て、同じように村人達も胸を撫で下ろした。

「ありがとうございます。これで安心できます」

「偽者の始末については……知っているな?」

「はい。ですが、この雨ではすぐに焼却することは……」

「そうだな。本来は焼却まで我々が見届けなければいけないんだが、この雨だといつやむかわからないな……」

 腰に手を置き、カインツは雨音の響く宙を睨む。強い雨はカインツの黒髪を濡らし、そこから頬を伝って顎からしたたり落ちていく。足下を見下ろせば、革のブーツはぬかるんだ地面の泥が付いて汚れ、重くなっていた。帰ったらこれら装備の手入れが待っていると思うと、カインツは小さな溜息を漏らした。今夜は帰れないかもしれない――帰宅を半ば諦めた時だった。

「隊長、では僕がここに残ります」

 そう言って出てきたのは、副官のヘルベルトだった。

「残るって、お前一人でか?」

「雨がやむまで全員がここに残るわけにはいきません。僕が焼却を見届けます」

「いいのか? 疲れているだろう」

「それは皆も同じことです。それに僕は独り身ですから、帰っても待っている人なんていませんし」

「そうか……悪いな」

「愛する奥さんの元へ早く帰りたがっている隊長に、この役目をさせるわけにはいきませんよ」

 ヘルベルトはからかうような笑みを見せて言う。これにカインツは、顔に出ていただろうかと苦笑いを浮かべた。

「いらないお節介を……」

「いえ、部下としては当然のことです」

 真面目を装った返答に、カインツは、ふっと笑う。

「……ではヘルベルト、後はお前に任せる。我々は先に帰還するぞ」

 周囲の部下達にそう言うと、カインツは村の入り口へと向かった。

「馬を……」

 最初に会った小柄な男が、ランプを片手に預けた馬を引いてやってきた。その手綱を受け取り、カインツは騎乗する。

「騎士の皆様、本当にありがとうございました」

 見送りに来た村人達が笑顔で礼を述べる。それらを見渡してカインツは言う。

「大事にならなくてよかった。あなた方の対応の早さのおかげだ。また偽者が現れた時は頼りにしているぞ」

 微笑んで言うカインツの言葉に、村人達の空気が和む。

「私達にできることなど、高が知れていますよ。無事に排除できたのは騎士の皆様のおかげです。お気を付けてお帰りください」

 一つうなずき、カインツは村人の後方に目をやる。

「ヘルベルト、頼んだぞ」

 離れたところから見送るヘルベルトは、カインツに軽く手を上げて返した。

「……では、行くぞ」

 強い雨の中、並んだ部下を引き連れて、カインツは村を後にする。その後ろ姿を眺めながら、村人達は両手を組み合わせ、祈っていた。

「感謝いたします。双神のご加護を、あの方々に……」

 祈りの言葉は、ざあざあと降る雨音に紛れていった。

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