09 逆転撃
「どうするつもりだよ」
「地面を掘り進んで、あの『大砲持ち』の背後から奇襲をかけるッ」
「正気かお前!?」
黒い瞳に渦の巻いたヴォルテは、バンカが異論を唱えるよりも早くレバーを倒す。
周囲に爆風が吹きすさぶ中、ファーザーがドリルを地面に突き立てる。
まるで、水面に手刀を差し入れたかの如く、黒鉄の巨体は容易く、当然に、地中へと穿行していった。
「どうだ、バンカ」
「どうもこうもねえよ。真っ暗で何も見えないっての」
戦友が横目で抗議の眼差しを投げてくる。
ヴォルテは少し考えてから、コンソール上のダイヤルをひとつ、目一杯に捻った。
すると、コクピット内に有象無象、大小高低さまざまな音々が入り乱れ始める。
「うぎゃあ、うるせーッ! なにやってんだよ、ヴォルテ!」
「集音機の感度を“最大”にしたんだ! ファーザーの集音機は異様に感度が高い。きっと、こうする為なんだよ!」
バンカはたまらず、パイロット・スーツのポケットから鼓膜保護用の耳栓を取り出す。
一方、ヴォルテは意識を耳に集中。
彼が聴くのは、地上で稼動している敵アーマシングの動力機関が発する音である。
機械の音を正確に聞き分けるヴォルテは、ファーザーが伝える音の大海に意識を浮かべ――目標の場所を正確に割り出した。
「前進する! 浮上して、後衛を崩したらすぐに潜るよ! ヒット・アンド・ディグアウェイだッ!」
「――了解、了解! お前に全部預けンぞ、ヴォルテ!」
*
前線に現れた『敵の新型』に対し、一通りの斉射を終えたデュラハン砲撃型の小隊は、次弾装填と砲身冷却を行いつつ着弾地点を観測した。
爆煙晴れた地表の岩肌は、所々が無惨に抉れ焼け焦げている。
しかし、そこには、彼らの期待する黒鉄の残骸は跡形もなかった。
速やかに望遠スコープの倍率を落として観測範囲を拡げ、見失うはずのない巨体を探す。
三機のデュラハン砲撃型は、横陣をとっている。
うち、右端の一機が、視界に巨大な黒い影を見た。
そして。
「ギュイィィィィィィィ」
どこからともなく出現した黒鉄のアーマシングは、右腕で甲高い叫びをあげるドリルでもって、既にデュラハンの左脇腹を貫いていた。
事態の急変に気付いた中央のデュラハンが、両肩カノン砲の装填を急ぐ。
デュラハンがモニターの中央に捉えた黒鉄の巨人は、擱座した僚機の砲身を、五指備えの左手でつかみ――上半身を高速回転させ、僚機の骸を投げ放ってきた。
骸に覆い被さられた機体は仰向けに転倒する。
更に、強烈な衝撃、重量が圧し掛かる。間違いなく、あの巨大な新型機だ。
動けなくなったデュラハンのコクピットを、打撃音と削撃音の入り混じった衝撃が襲う。
パイロット達が最後に見たのは、真正面のモニターを突き破る銀色の、ドリルの切っ先であった。
目の前で立て続けに二機の味方を屠った黒鉄のアーマシングに、残るデュラハン砲撃型が装填を終えたカノン砲の照準を合わせる。
トリガーを引く寸前、スコープ越しの視界に土砂の柱が現れて、視界が遮られた。
朦朧とした視野の中、突っ込んできた何者かの影に素早く反応し、デュラハンの砲が火を噴く。
対アーマシング用の徹甲弾が二発同時に放たれ、目標物を撃墜。
――地表に音を立てて落ちたのは、無惨にひしゃげた味方機の残骸であった。
視界に再び、土砂の柱が噴き出して。
“目の前”に現れた黒鉄の巨体が、右腕の巨大な螺旋円錐を引き絞り。
それで彼ら、アーマシング砲撃型のパイロット達は、己の命運が決したことを理解した。
*
「次でラストだ、バンカ!」
「おう!」
後衛の砲撃型アーマシングをドリルしたファーザーは、怒涛の勢いで地中を進み、残る一機――デュラハン重装型の前へ躍り出た。
「うらあああああああ!」
バンカの気合と共に、ファーザーは右腕のドリルを振りかぶり、打ち下ろす!
敵機デュラハンもまた、大鉈を打ち込み、両者はドリルと鉈で鍔迫り合いの体勢となった。
「押し潰せ、ファーザー!」
ヴォルテの号令で、打ち合った螺旋の刃が回転を始めた。
ドリルの回転刃がデュラハンの大鉈を削る。
アーマシングの装甲をも叩き割る、超合金製の大鉈は、周囲に鈍色の切削屑を撒き散らしながら、みるみるうちにやせ細り。
大鉈を圧し切ったドリルは、そのまま本体へ到達。
デュラハン重装型の上半身は、丸ごと削り潰された。
*
「や、やれちまった……俺たち、ええと、6機か? 小隊2個分のアーマシングを、俺たち、だけで」
無我夢中より醒めたバンカが、自分達の挙げた戦果に戸惑う。
意見を求めようとヴォルテを見れば、やはり彼は、童顔の口元に微笑みを浮かべていた。
「ファーザー」
「ドコーン……ドコーン」
コクピットには、脈動音が響いている。
ヴォルテはその機械的な音に、ファーザーの意思を聞く。
「――――ああ。そうだ。力を貸してくれ、ファーザー」
再会したファーザーは、彼に力を託したのだ。
*
「なんだ、あのアーマシングは」
突如として戦場に現れ、瞬く間に敵機を撃滅した黒い機体。
それが敵を倒したとは言え、ベッツは警戒を解くことなく、捕捉した未確認機体の挙動に注視した。
「小隊長、ヤツがこちらを見ました」
同乗した部下が、モニターを望遠に切り替えた。
黒鉄の機体は、確かに頭部をベッツ達の方向へ向けている。
そして、装甲に埋もれるようにして据わる両眼が光り、規則性を持って点滅を始めた。
――――青、青、青、緑、青――――
「あれは」
「……友軍、だと?」
それがサウリア軍の使用する信号であることに、ベッツはすぐに気がついた。
所属を示す信号パターンは、紛れもなく部下のもの。
新兵ヴォルテ=マイサンと、バンカ=タエリのものであった。
“名乗り”の信号に続き、黒鉄の機体は符号の組み合わせでメッセージを送ってくる。
<<モウ イチド オトリ ヲ ヤリマショウカ?>>
「……調子に乗りおって」
一言だけ漏らし、ベッツは撤退命令の信号のみを返した。
彼の顔が仏頂面に見えるのは、もともとの人相である。